辛酸なめ子「電車のおじさん」第9回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第9回
教養アピールばかりしてくる外山先輩に
今までは内心イラっとしていた玉恵でしたが、
だんだんかっこよく思えてきました。

 ローズクオーツは、女性性を高めるパワーストーン。玉恵は、机の上に置いたピンクの石を、ときどき握りしめることで、何らかのパワーを得ようとしていました。ただでさえ女子力が不足しているので、パワーストーンの力を借りるしかありません。ピンクの石は冷たくて、手の平を刺激しながら、火照った心をクールダウンしてくれます。玉恵の視線の先には、外山先輩がいました。

 今まで教養アピールばかりして内心イラっとしていたのですが、文房具イベントでノートの紙質へのこだわりを知り、だんだんかっこよく思えてきました。仕事はそんなに忙しくないのに、なぜか廊下を歩くとき、IT企業の社員のようにノートパソコンを抱えている外山先輩。玉恵には、その意識の高さがまぶしく感じられました。そんな玉恵の念が届いたのか、外山先輩の玉恵に対する態度が少し優しくなった感が。

 この日の会議では、何か企画を出さないとならなかったので、玉恵は急遽、まだあまり練られていない案を提出しました。

「紙質によって手触りは変化します。
 ピンと張った紙やくたっとした紙など、それぞれ感触の良さがあります。それぞれの紙を、人の年齢になぞらえたノートを考えました。女性だと問題があるかもしれないので、男性の肌感に対応します。
(例)
・赤ちゃん ツルツルしたコート紙
・少年 竹パルプを使用した張りのある素材
・青年 硬いケント紙
・おじさん 優しいコットン
・おじいさん クタっとした越前和紙
など……」

 おじさんを優しい手触りのコットン紙になぞらえたのは、怒りっぽい電車のおじさんが少しでも穏やかになってほしい、という気持ちが込められていました。

 もしかしたらいけるかも、と玉恵は心のどこかで期待していたのですが、企画会議でおじさん社員には失笑されました。

「何かちょっと欲求不満を感じるね」なんて、セクハラまがいのコメントまでもらって玉恵はショックでした。

 でも、あとから外山先輩が声をかけてくれたのです。

「さっきの着眼点良かったよ。男性には考えつかない感覚的なアイディアだと思った。具体的なデザインを考えてまた再提案してみたらいいんじゃない?」

「ありがとうございます。先輩の考えた、書きやすい罫線の太さにこだわったノートも良かったです」

 と、ほめ返した玉恵。

「いや、僕は何年か前にグッドデザインアワードを取ったノートに影響されただけで。なかなか新たな発想が浮かばないんだよね」

 玉恵は、「グッドデザインアワード」と心のメモ帳に書き込みました。たぶん、外山先輩はいつかグッドデザインアワードを取るのが夢なのでしょう。その夢を応援してあげたい、という思いが玉恵の心に芽生えました。

 そしてまた机の上のローズクオーツをなでていると、通りかかった鈴木先輩にめざとく見つけられました。

「やだ、ローズクオーツなんてあからさまな。恋愛したいのね」

 鈴木先輩はスピリチュアルにくわしいので、全てお見通しです。

「結構いい色だけど、どこ産?」

「わかりません……適当に雑貨店で買ったので」

「ローズクオーツは美容にも良くて、持っているとしわが消えるって。ちょっと触らせて」

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。