辛酸なめ子「電車のおじさん」第6回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第6回
このところ、玉恵はおじさん難の日々。
地上で共生しているおじさんたちは、地下で巨大な
ネットワークを形成しているのかもしれません…。

「ざんねんな死に方」はタイトル通り、変わった死に方や笑える死に方を集めた本。例えば、トイレでいきみすぎたことが原因で亡くなった人の例とか、フライパンの表面から発せられた有毒ガスで亡くなった人、傘で突かれて亡くなった人、胴上げで落とされて亡くなった人、ブラジャーの金属ワイヤーに雷が落ちた人、タイタニックポーズをしていたら海に落下したカップルなど……。玉恵も書店で手に取って買おうか迷ったくらいの話題の本でした。

「あの本に載っていた、餅を喉に詰まらせる死に方が、たまたま遺族の目に留まって、出版社にクレームが入り、それから炎上状態になったのは知っているかな」

「はい……。でも、それとどういう関係が……」

「今、死を茶化すと炎上する流れになっているから、あの手帖もリスキーだと部長が言い出して……」と、責任転嫁し、言葉を濁す課長。

「そうですか……ではほとぼりが冷めた頃に、また新たに考えます」と、肩を落とした玉恵。もう自費出版で印刷して、出版イベントで個人的に売るしかないでしょうか。

 会社の頭の固いおじさんたちにダメ出しをされて、これもおじさんを冷たくあしらった呪い? なんとかあの電車のおじさんの気持ちを静めなければと玉恵は思いました。今度遭遇したら笑顔を振りまいて、好印象を植え付けたいです。

 しかし、おじさんからの試練は終わりませんでした。その日のお昼過ぎ、変な時間にスマホが鳴り、画面には「父」という文字が。家族から変な時間にかかってくる電話ほど、心臓に悪いものはありません。電話を取ったら、弱々しい声で「お父さんだけど、急に具合が悪くなって、動けないんだ。お母さんは友達と奄美に旅行に行ってて……」と、渾身のSOSを発していました。身近なおじさんのことを忘れていました。玉恵は、ひとりっ子の義務感にかられ、上司に「父の体調が悪いみたいなんです」と告げると、千葉の実家に向かいました。

 電車で向かう間、部屋で倒れてもう息がない父親の不吉なイメージが浮かんできて、玉恵は不安でいっぱいでした。家で死んだらどうすれば良いのか、たしか検死が必要だから警察を呼ばないとならないと聞いたことがあります。悪い方に想像が膨らみ、玉恵は震える指で「家で死亡 警察」などで検索。こういう情報も「終活手帖」に入れるべきかもしれません。

 マンションの一室である実家に着いたら、人の気配がしていました。生きている! まずそのことに安堵。しかし父は顔の半分くらいクマになっていて、ひどく具合が悪そうでした。

「体が痺れて動かないんだ。もう午後だから病院は急患じゃないと受け付けしてくれない。救急車を呼んでくれ」と、父に頼まれたものの、そんな大事にしてしまってはという気持ちがあり、近所にタクシーで行ける病院がないか検索。すると、「必要もないのに手術をしようとするS病院」が出てきて、やはり少し遠い大学病院に行くのが安全そうです。

 躊躇していたら「救急車はタダだぞ」と、具合が悪いながらも、やたら救急車推ししてくる父に根負けし、玉恵は緊張した面持ちで「119」をプッシュしました。電話口の、男性の力強い受け答えに安心しながら、玉恵は住所を伝えました。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。