辛酸なめ子「電車のおじさん」第5回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第5回
新しいノートの企画「終活手帖」は
企画会議ではなかなかの手応え。
玉恵はいつになく熱弁を振るいました。


 おじさんにもらったのど飴が詰まって数秒間生死をさまよった玉恵。臨死体験まではいきませんでしたが、おかげで新しいノートの企画が思い浮かびました。

「終活手帖 企画書」

 次の日A4の紙に企画書をしたため、満を持して会社の企画会議に提出。

「・スケジュールの日にちの欄には、それぞれその日に亡くなった人の名前を入れます。(例 1月1日 ルイ十二世、1月2日 フリードリヒ・ヴィルヘルム四世、1月3日 運慶、1月4日 秩父宮 雍仁親王……など)

どんな偉人でもいつかは亡くなるということを実感することができます。

・遺された人が困らないように、銀行の口座や暗証番号、申し込んでいるサービスや暗証番号一覧などを書くページを設けます

・亡くなった場合、連絡してほしい人のリストのページ

・その他、お世話になった人への感謝の気持ちを書くページ

・年代ごとの思い出を書くページ (幼稚園、小学校、中学校、高校、大学……など)

・懺悔のページ

・辞世の句

・理想の来世、生まれ変わりの希望 」

 企画会議ではわりと手応えがありました。上司のおじさんたちが年齢的に終活を考える年頃だったというのもあるかもしれません。

「でも、こちらの手帖はシニア世代だけに向けたものではありません。若くても、人はいつ死ぬかわからないのです。現に私も、最近のど飴が喉に詰まって一瞬死ぬかと思いました。この手帖は全世代に向けた、転ばぬ先の杖です」

 会議でいつになく熱弁を振るう玉恵。実感がこもっています。

「夢引き寄せノートよりは売れるんじゃないの?」

 柳田課長が言って、チラッと昨年ノートを企画した鈴木先輩を見ました。角が立つようなことはやめてください、と、玉恵は心中穏やかではありませんでした。

「連絡先の欄に書きたいけれど書けない人がいる場合はどうすればいいんだろう」

 突然、山中係長が変なことを言い出しました。服装が若くてまだギラギラ感が残っているアラフォー男子です。納涼会で江頭2:50の物まねを披露しただけあって、ゴールドジムで鍛えた肉体が自慢のおじさんです。

「山中くん、もしかして愛人でも……」

 と、突っ込みを入れる課長。

「いや、僕じゃないですけど、最近パパ活とかママ活とか流行ってるから、誰もがそういう相手いるんじゃないんですか?」

 少し動揺を見せながら答える係長。

「うちのお給料じゃそんな活動できないでしょ」

 と、課長に言われ、

「それにしても、この例に出てくる、亡くなった人が貴族とか王族ばかりなのが気になりますね。地位の高い男性への憧れが感じられるな」

 と、山中係長は突然玉恵に話の矛先を向けてきました。

 微妙な笑いが起こり、玉恵はちょっといたたまれない気持ちになりました。

次記事
前記事

 


 

連載最新話は「きらら」で!
毎月20日発売

▼定期購読のお申込みはこちら
きらら定期購読

 

辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。