辛酸なめ子「電車のおじさん」第4回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第4回
プレゼントした夢引き寄せノートに
おじさんが書いた夢は「ピンピンころり」。
玉恵の頭に新たなアイディアが浮かびました。

「夢、持たないといかんかね」

 おじさんが発した問いかけが、玉恵の心に刺さりました。会社の先輩が去年企画した「夢引き寄せノート」。玉恵も試しに使ってみたのですが、改めてどんな夢を問われてみれば、あまり書くことがなくて、最初のうちは、「使った人を幸せにするノートを作る」など、なんとか夢らしきものをひねり出していたのですが、次第に「温泉に行きたい」「おしゃれなブーツを3万円以下で買う」「近所にスタバかタリーズができる」「街でジャニーズに遭遇する」といった即物的なものに変わってゆきました。

 では正しい夢とは一体どういうものなのでしょう。「ピアノのコンクールで優勝できますように」「芸術家として認められて作品がMoMAに収蔵されますように」といった芸術的で高尚な夢でしょうか。夢といわれて思い出すのが、以前何かの記事で見かけた、ウィーン少年合唱団の団員たちの「将来の夢」です。あれには圧倒されました。もちろん「歌手」も多いですが、それ以外は「歯科医」「外交官」「教育者かソーシャルワーカー」「持続可能なエネルギーを発展させる科学者のような、環境保護に関わる仕事」「会社を経営したい」「政治家のような、マイノリティーの人々を助けられる仕事」とか10代なのに、社会に貢献したい、という思いが強く伝わってきました。それを読んだとき、玉恵は、生きていてすみません、という気持ちになったものです。玉恵が小学生のとき「持続可能」なんて単語は存在すら知らなかったです。「ソーシャルワーカー」なんて単語は今も意味がわかりません。あまりにも立派で将来有望な夢は、周りの人を威圧し、恐縮させます。生まれながらに"持っている"人の場合は特に。誰もが成功する資質を備えているとは限らないのです。でも、世の中には夢を叶えるストーリーがあふれています。

「たしかに映画でも小説でも、主人公が何か夢を抱いていて叶えるためにがんばる、というストーリーが多いですよね。私もその影響を受けてたかもしれません」と、玉恵は半ば独り言のようにつぶやきました。

 するとおじさんは、

「夢は経済を回すからね。夢を叶えるためにも、教育や材料費などコストがかかるし、叶えてからは成功者は買い物しまくる。それが資本主義に合致しているんだよ。夢利権で儲けたい奴らがいるってことさ」

 と訳知り顔で答えました。資本主義に何か恨みでもあるのでしょうか。心のどこかに不満を抱いているらしいおじさん。電車で押したと言われてキレたのもなんとなく腑に落ちます。

「世の中、夢のプレッシャーが激しすぎる。もう夢が叶っているのに、さらに大きい夢を持たなければならないと思って焦ったり。欲望は尽きないんだよ」

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。