辛酸なめ子「電車のおじさん」第3回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第3回
むせる玉恵に、高級な飴をくれたおじさん。
玉恵は、お礼に会社のノートを
プレゼントしようと心に決めました。

 78歳のスーパーボランティア、尾畠さんが行方不明になった2歳児にあげたのは「匠の塩飴」。一袋だいたい200円くらいで、手頃な価格帯です。日本ボクシング連盟の元会長の山根さんの好物は「カンロ飴」、あとは飴じゃないけど「森永ミルクキャラメル」。カンロ飴は一袋180円くらいで、森永ミルクキャラメルは一箱100円。会長のセンス、庶民的です。本当のラグジュアリーを知らなかったのでしょうか。

 それと比べると、あのおじさんのくれた飴は高級でした。電車の中で遭遇したおじさんにどなられたことがきっかけで、妙に気になってしまい、後日見かけた時、つい後をつけてしまった玉恵。急に振り返られて、バレたと焦ってむせていたところ、おじさんは飴を差し出してくれたのです。その上品な甘さの余韻が残り、包み紙の商品名を検索したら一箱340円くらいする榮太樓の抹茶飴であることが判明しました。

 玉恵は、気になるおじさんのプロファイリングをするべく、今までの情報を書き出しました。

・亀戸在住。たぶん1人暮らし

・せっかち。電車で押してくる

・導火線が短く、怒ると怖い

・でもその反面情に厚いところもある

・ファミレスで高いメニューを食べる

・高級な飴を常用

・反面、文房具代などは節約

・シャツの素材は実はリネンで高級かもしれない説

・趣味は絵を描くこと

 これらの条件から、経済レベルを推し量るのはなかなか難易度が高いです。玉恵は、高校の同級生5人くらいのLINEのグループで、こんな質問を投げかけてみました。

「突然変なこと聞いてごめん、男性の経済力はどこでチェックすればいいのかな?」

 中には女子としての経験値が高い子もいるので、参考になる意見が聞けるかもしれません。

「気になる人でもいるの?」

「そういうわけじゃないけど、後学のために……」

 70代のおじさん(おじいさん?)が気になっているなんて、キラキラした女友達の前では言えません。ちょっと前に「枯れ専」とかいうワードが流行りましたが、それにしても年齢差がありすぎです。そうはいっても、玉恵は一度もおじさん本人に年齢を確認していないことに気付きました。70代に見えて50代ということもあるし、実はもっと上だったりするかもしれません。おじさんの年齢を見定めるのは難しいです。

 ところで女友達による、男性の経済レベルのチェックについてのアドバイスは……

「年会費十数万円のブラックカードを持っているかどうかじゃない?」

「財布がきれいな人。レシートとかポイントカードでパンパンなのはちょっと……」

「やっぱり福耳ってあると思う」

「額が広い、口が大きい、というのも人相的にいいらしいよ」

「口角が下がっている人は運が悪そう」

「時計と靴に経済力は出るらしい。靴が汚れてる人はやめたほうがいいかも」

「好きなブランド聞いてみたら?」

「あとは車の車種だね」

「でも見栄はって世田谷区のボロアパートでも高級外車っていう人いるらしいから……」

「お金持ちでも地主の息子とかダメ男になる率高そう」

「シャツがヨレヨレの人はダメ」

「肘が黒ずんでいる人もNG」

「全身のバランスに表れるんじゃない。叶姉妹も男性はデザインが重要って言ってたし」

「男の甲斐性は肩に表れると思う」

「目が輝いている人がいい。最近の若い男子って目が死んでない?」

 と、だんだん男性へのダメ出しみたいになってきました。玉恵は、シャツの素材で男性の甲斐性がわかると自負していましたが、その基準はちょっと甘かったことに気づきました。でも、ヨレヨレの人は金運がなさそうなのはわかります。某宮家のプリンセスと婚約が延期になったKさんが、GWに図書館を訪れたとき、シワシワのシャツを着ていたことを思い出しました。彼なりの、こなれ感の演出だったのかもしれませんが。そもそもなぜ、あのおじさんの経済力が知りたいのかというと、自分でもよくわからず、ただ気になるとしか言えません。(下心なんてとくにないし、しいて言えばうちの会社のノートを買ってほしいくらい……)と、玉恵は自分の心に言い聞かせました。ちょうど、紀州のドン・ファンの家政婦の女性が、銀座のホステスに転職した、というネットニュースが飛び込んできたばかりでした。家政婦の女性は、ドン・ファンの写真を店内に飾っていましたが、その写真のよどんだ目から、成仏していない感が漂ってきているのがスマホごしにも感じられ、玉恵はゾッとしてページを閉じました。元妻と家政婦の仲が良さそうなのも気になります。おじさんは性を搾取して、女はお金を搾取する……そんな負のスパイラルには陥りたくないものです。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。