昨年8月より募集を開始した
第2回日本おいしい小説大賞(協賛:キッコーマン
株式会社 神姫バス株式会社 日本 味の宿/主催:小学館)は、
総応募数134作の中から、二度の選考を経て、
4作の最終候補作が選出されました。
選考委員の山本一力氏、柏井壽氏、小山薫堂氏による最終選考会で、
さまざまな議論が重ねられた結果、受賞作が決定いたしました。

「ころつけ亭へいらっしゃい」
秋田柴子

「まぎわのごはん」
藤ノ木 優

「山とかき氷」
村崎なぎこ

「私のカレーを食べてください」
幸村しゅう

受賞者プロフィール
幸村しゅう(ゆきむらしゅう)
1968年東京都生まれ。映画助監督、介護予防 デイサービス兼鍼灸治療院の経営などを経て、 小説を書き始める。

 「何かを始めるのに、遅すぎるということはない」——そんな言葉に頷きつつ、まだまだ続く人生と、己の不安に折り合いをつけ、えいっ! と一歩踏み出す。そこに辿り着くまで、私は実に多くの時間を費やしてきました。

 しかし、ひとたび創造の世界に飛び込んでしまえば、縮こまっていた心は自由に翼を広げ、主人公とともに一直線にカレーにハマっていく過程を、思う存分楽しんでいる自分がいました。それは、他の道では決して味わうことのできない喜びだったと、今では確信しております。若者とは言えない者の受賞が、挫けそうになりながらも挑戦を続けている方や、心の声に従うことに躊躇している方のエールとなれば幸いに思います。

 最後になりましたが、大らかな気持ちで私を応援してくれた友人と、選考に携わってくださった皆様に心から感謝の意を表します。何者でもない私をスタート地点に立たせてくださり、本当にありがとうございました。

 食えなくなった象は仲間を離れ、死に場所へ。象の墓場には象牙の山がある……遠い昔、冒険譚を読んで気を昂ぶらせた。
 生きるために食らい、食えなくなれば土に返る。これは生物が従う摂理だ。
 作者がいかに、生きることと食との関係を大事に描いているか。
 わたしはこれを基準として、候補作四作と向き合った。

「ころつけ亭へいらっしゃい」
 本作長所は、仕事と向き合う主人公の姿勢が、巧みに描かれていること。仕事小説のジャンルなら、相応の評価も得るやもしれぬ。
 が、本賞は「食」が基軸だ。
 見逃せぬ欠点は、コロッケがまったく美味さを訴えてこないこと。コロッケ大好きのわたしは、肩透かしを食って失望した。
 筆力・構成力ともにある方だ。本賞の主軸と向き合い、健闘奮起を期待したい。

「まぎわのごはん」
 作品タイトルは佳い。が、内容・表現ともに、題名を体現できていない。
 小説は文章勝負、つまり文芸だ。この作者は言葉に神経が行き届いていないという、文芸での致命的な欠点・瑕疵がある。
 八歳児の食物アレルギーの場面。こどもの生き死にに直結しかねないしくじりに「チカちゃん、すまねえ」など、あり得ない表現だ。
 軽い言葉ではなく、いかに心底詫びているかを描写してもらいたい。

「山とかき氷」
 作者が抱く「栃木県への郷土愛」は、読み手にも心地よく伝わってきた。章立てが、かき氷のシロップ名で、話もシロップ関連なのもよい。かき氷で自殺を思いとどまれるのかの疑問はあるが、生きる基軸にかき氷を据えた、作者の意図には得心できた。
 10年間の物語を紡ぎ出すには、登場人物の年譜作成は必須の要件だ。主人公初出の場面は、二〇〇九年ごろと推察する。その時代、まだ高校生はスマートフォンは持てない。
 筆力のある方だ、年譜を参照して緻密に書き進めれば、賞も遠くない。

「私のカレーを食べてください」
 長い物語の冒頭近くで、小学生だった主人公が、担任の調理するカレーを食べる。
 このカレーこそ、薄幸だった彼女が生きていこうとする原点となる。
 いかほど物語が進もうとも、この軸はいささかもぶれない。ゆえに読者は安心して彼女に感情移入して、読み進められる。
 瑕疵は幾つもある。が、大事なことは作者が、なにを表現しようとしたのか、だ。
 本作登場の多彩な脇役。その多くが、生きるために食べるのだという、根幹的大事を自覚している。
 おいしい小説とはなにか。
 その針路のひとつを示してくれた秀作だ。

 第一回に続き、今回もさまざまな食のジャンルを描いた小説が集まりました。カレーやコロッケのような、おなじみの料理から、かき氷、終末食といった専門食まで、それぞれが〈おいしい〉を競いあいました。
 今回の選考で強く感じたのは、おいしい小説というものが、〈おいしい〉と〈小説〉のふたつが両立しなければならないということです。当たり前と言えば当たり前なのですが、どんなに〈おいしい〉話が出てきても、〈小説〉としての魅力がなければならないのです。
 その点を踏まえて選考すると、今回は該当作なし、という結論もあったかもしれません。最終選考に残った四作を熟読してみると、〈おいしい〉はともかく、〈小説〉としての魅力に満ちた作品とは言い難いものがありました。
 四作に共通しているのは、登場人物の設定が荒っぽいことです。主人公を含め、登場する人物像がくっきりと見えてきません。おおむね主人公が若くて未熟なのですが、であれば、進行とともに成長する流れが欲しいところです。
 もうひとつは、食の描写が料理そのものに限定されていることです。どんな器を使っているか、どういう盛付かの描写がほとんどなく、全容が見えないので入り込めないのです。加えて、これは第一回の作品群も同様でしたが、登場人物の言動が現実離れしていることも気になります。

 たとえば「私のカレーを食べてください」で、主人公が七歳のときにカレーを食べて、「消え入りそうに揺らめいていた私の生存本能を、油を注いだ炎の如く真っ赤に燃え立たせた」と回想させているのですが、七歳の子どもがそんな難解な感想を持つでしょうか。

 あるいは「山とかき氷」で、十六歳の主人公が自殺願望を持って山に登るのですが、かき氷ひとつで簡単にくつがえる展開も、読み手の共感を得るのは難しいだろうと思います。

 ならば、〈おいしい〉という表現が優れているかと言えば、そうとも言えず、たとえば「ころつけ亭へいらっしゃい」に登場するコロッケは、残念ながらおいしそうに思えません。

 「まぎわのごはん」は、死をまぎわに控えた人に向けた食という観点はとても興味深いのですが、それらの人の心を動かすのに、見た目を決め手としたのは、とても残念に思いました。ここはやはり〈おいしい〉という味覚で勝負して欲しかったと思います。

 最終選考に残った四作それぞれに、他に類を見ない特性はあったのですが、僕個人としては、それを〈大賞〉として積極的に推挙するには至りませんでした。がんばって欲しい、という意を込めた、奨励賞という位置づけです。
〈おいしい〉の前に、まずは〈小説〉として読み手を愉しませて欲しいと思います。
 食のトレンドだとか、希少性に気を取られることなく、食べることと生きることが重なり合うなかで、心の底から生み出されるドラマを読んでみたい。切にそう願っています。

「日本おいしい小説大賞」という新しい試みの審査に前回はやや手探りで臨み、想像していた以上の傑作の多さに安堵しました。その大賞に輝いた「七度洗えば、こいの味」が「七度笑えば、恋の味」とタイトルを変えて発売され、読者から高い評価を得ていることに喜びを感じます。
 さて、今年はどんな作品が届くのだろう? と、去年以上の期待を持って審査させて頂きました。私が一番重視したのは、前回同様、ドラマや映画など映像化しやすそうな原作を発掘するという点です。「おいしい小説」ほど映像化に適しているジャンルはありません。映像化された作品がヒットすれば、この賞そのものの価値が上がる……そんな野心を抱きながら読ませて頂きました。

「ころつけ亭へいらっしゃい」
 主人公の成長物語が丁寧に描かれ、とても読みやすい作品でした。が、それ故に物語が起伏に乏しく、物足りなさを感じました。いちばん気になった点は、この物語の核となる食べ物の必然性です。コロッケでなければ物語が成立しない、というくらいの深さが欲しいと思いました。

「まぎわのごはん」
 死ぬ間際の人々が集まる料理屋という設定は面白いと思いました。映像化すれば人気シリーズとして発展させられる気もします。が、主人公の才能が包丁使いに特化している点に無理があります。食と医療が密接に結びついている視点は絶対にアリだと思いますので、登場人物のキャラクターを変えてもう一度、書き直してみてはいかがでしょうか。

「山とかき氷」
 おいしい小説というジャンルがあってこそ誕生したような作品。かき氷にまつわる情報もさりげなく盛り込まれ、作者のかき氷に対する愛を感じました。しかし物語の展開に雑な部分もあり、ここまで長編にする必要はないと思います。前回もかき氷をテーマにした作品がありましたが、この作品をもっと短くして、様々な作者のかき氷オムニバス小説にすると面白いのではないでしょうか。

「私のカレーを食べてください」
 筆力という点では他の作品を確実に上回っています。読んでいる時に何度も唾を飲み込んだのは、作者の筆の力か? それとも、そもそもカレーという料理の力か? いや、やはり前者でしょう。作者のカレーに対する愛も伝わってきて、物語の展開もワクワクしました。  ただし、大切なところで、無理矢理物語を終わらせようとした意図が見える点が残念でした。

 正直に告白するなら、審査会に行くまで、今回は書籍化に値するレベルの作品はないと思っていました。つまり、個人的には「該当作品無し」という結論です。しかし、編集部の話によれば、出版のための少々のリライトは許されるとのこと。さらに何よりも、山本一力先生の「この人はこの賞をきっかけに絶対に大成する」という言葉を信じて、最後は票を投じました。そして「日本おいしい小説大賞」は作品そのものの評価で終わらず、「人を発掘するための入り口である」という考えに改めました。この作品がどのように磨き上げられ、一冊の書籍になるのか……一人の読者として楽しみにしています。

 どんなに粗削りでも、どんなに弱点があっても、何かしら光る才能を見つけて拾い上げ、チャンスを与えてくれる……「日本おいしい小説大賞」はそんな「天使の梯子」だと思ってみてはいかがでしょうか。そうすればほら、来年も挑戦してみようという気になりませんか?