▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 田丸雅智 「骨なし」

第6話
田丸雅智
「骨なし」

 営業マンのあとにつづき、私はある建物へ足を踏み入れた。

「こちらがそのオススメのものたちです」

 ガラスを挟んだ向こう側では、生物たちが各々に動き回っていた。

「まさかこんな未来が来るとはなぁ……」

 様々な思いが交錯しつつ、私は呟く。

「もともとは種なしブドウを研究する施設だったということでしたが……」

 その通りです、と営業マンは口にした。

「ただ、当初からブドウの研究だけをしていたわけではありませんでした。研究の根幹には、世の人々の潜在的な需要を満たすものを生みだしたい。そんな強い思いがあったんです」

 なるほど、と、私は頷く。

「ブドウは研究の一例に過ぎなかったというわけですね」

「ええ、食べるときに、いちいち種を口から出すのが面倒だという思いを汲んで生まれたものでした。種なしブドウの開発に成功した我々は、次に他の果実でも同様のことを試みました。種なしスイカ、種なしビワ、種なしリンゴ……ただ、このあたりから我々の中で新たな研究に取り組みたいという気持ちが高まってきて、今一度、原点へと戻ったんです。我々が目指すべきは果実を食べやすくすることにとどまらない。他のいろいろな食物から、食べるのに邪魔なものを取り除く研究に挑戦すべきだ。そうして開発に着手したのが骨なし魚でした」

「はじめは呆然としたものです……」

 私は発売当時のことを思い起こす。

 骨なし魚とは、その名の通り骨を持たない魚のことだ。人の手で処理をしなくとも、はじめから骨がないのである。

 当時読んだ記事によると、骨なし魚は軟体動物であるタコの遺伝子を参考にして生みだされたのだという。本物の魚とは形が違い、成長過程や飼育方法もまるで異なっている。その養殖法が確立され、安定供給が可能になると、さらに白身から赤身まで様々な魚の開発が行われた。

 骨なし魚は爆発的に広がって、骨のある魚の売上高をすぐ抜いた。それだけ、魚の骨を疎んじる人が多かったということだ。かくいう私も例外ではなく、骨つきの魚など、もう何年も食べていない。最近では、本来の魚の姿を知らない若者も多いと聞く。

 ですが、と、私は言った。

「骨なしチキンの登場には、さらに驚かされました……」

 そう、施設の研究対象はやがて魚から肉へと移った。そうして生まれた骨なしチキンは、骨を気にすることなく丸ごとかぶりつくことのできる代物だった。

 その養鶏場ともいうべき場所を、かつて訪れたことがある。ケージの中には丸みを帯びた異形の生物がいて、それらは時おりぴくりぴくりと小刻みに震えていた。電気を流して筋収縮を起こし、筋トレと同じ効果を与えているとのことだった。

 骨なし豚や骨なし牛の登場では、もはや驚かなくなっていた。一部の料理人たちは、食文化という人類の築きあげてきた財産が消失すると憤怒した。が、料理人でも歓迎する者のほうが圧倒的に多かった。同じ味なら、手間なく調理できるほうがありがたいに決まっている。

 また、この生物たちは家畜を殺生することに抵抗を覚える人たちからも支持された。見た目が従来の家畜とは異なっていて愛嬌などもないので、その肉も抵抗なく受け入れられるということだった。

 しかし、施設はそれだけに満足しなかった。培った技術を応用し、また別の需要に応えるべく研究に乗りだしたのだ。

 私は再び目の前のガラスケースに目をやった。その中では、大きな肉の塊がいくつも蠢いている。

 近ごろ施設が生みだしたもの──それは骨のない人間だった。

「これが同じ人間なのか……いや、失礼」

 呟いたあと失言だったかと慌てて詫びたが、営業マンは淡々と応じた。

「まあ、厳密には人間と同じではありません。あくまで人工的な生物ですから」

 彼は言う。これもまた、人々の潜在需要に応えてつくられたものなのだ、と。

「つまりはあなたのような方々に向けたものですね。人間に似た能力を持ち、命令に忠実に従う存在が欲しいという」

 骨なし人間は食用ではない。働かせるための生物だ。彼らは身体を自在に動かして、どんな仕事も選ばずこなす。そして何より、向上心も反骨精神も持たないので、言う通りに働いてくれる。物理的にも精神的にも、骨がない人間なのだ。

 ただし、と営業マンは口にする。

「妙な意志がないだけで、頭脳はしっかりしていますよ。むしろ、そこらの人間などよりはよほど優秀と言えるでしょう」

「……でしょうねぇ」

 そりゃあ能力はあるだろうなぁと、私は足元の営業マンを見ながらつくづく考えさせられる。

 少なくともだ。彼らは現に私をここまで連れだして、それを欲しいと思わせるほどの頭を持った生物たちなのだから。

田丸雅智(たまる・まさとも)

一九八七年愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。二〇一一年『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載されデビュー。一二年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は又吉直樹氏主演で映画化、カンヌ国際映画祭などで上映された。著書に『夢巻』『海色の壜』など。