『シャドウ』刊行記念特別対談 神田 茜 × 中江有里

『シャドウ』刊行記念特別対談 神田 茜 × 中江有里

「読み終えた次の日、わたしは仕事場へ向かう車の中で妹(マネージャー)にこう言った。『シャドウ』絶対読んで!」(解説より)
女優の姉を支える付き人の妹の葛藤と自立を描いた神田茜さんの『シャドウ』。同作に冒頭の解説を寄せた女優・作家の中江有里さんの新作『トランスファー』も姉妹の物語。奇しくもテーマがリンクしたふたりが、創作について語り合いました。


運命を感じた『シャドウ』の解説

中江
『シャドウ』は読み始めてすぐ「うちと同じだ!」と驚きました。うちも妹が私のマネージャーをしてくれているんです。女優の姉・陽菜と付き人の妹・元菜の関係がすごくリアルでした。

神田
私は、解説を書いていただくまでそれを存じ上げなかったんです。だからすごく運命的なものを感じてしまいました。

中江
なぜ姉妹の小説を書こうと?

神田
私自身は兄しかいないのですが、20歳で講談の世界に入ったら5人の〝姉〟ができたんです。入門した師匠のもとにいた姉弟子たちが熱烈に私をかわいがってくれたのですが、段々と束縛がきつくなってきて。当時の葛藤を書いてみたいと思ったのが動機です。『トランスファー』は姉妹の入れ替わりがテーマですね。

神田茜さん

中江
小説を読むことってそもそも他人の人生を疑似体験する行為ですよね。だから他人になりかわる、入れ替わるということ自体に昔から強い関心があったんです。

神田
派遣社員の玉青と、寝たきりの状態にある洋海。ふたりの心が入れ替わって物語が展開していくのですが、ページをめくる手がとにかく止まらなくて。各章が短めなのですが、ここをもっと知りたいという絶妙なタイミングで次の章に切り替わる。そのリズムが心地よかったし、姉妹が抱く恋人や甥への執着などの細やかな心理、映像が浮かぶ情景描写も素晴らしかったです。脚本も書かれている方だからこその技術ですよね。一方で、『シャドウ』の解説では女優だからこその視点でも書いてくださって。

中江
姉の陽菜は支配的なキャラクターですが、私、彼女の気持ちがわかるんです。女優は立ち位置を考えざるを得ない職業だから。どこに立てば光が当たるのか、どの角度なら一番映えるのかを、感覚的に知っているのがいい女優だと思うのですが、陽菜はまさにそう。どうすれば物事が一番上手く着地するのかを考えて進めていく。私自身はそういうタイプではないのですが、彼女の姿勢にはとても共感してしまいました。

中江有里さん

神田
最初は姉の呪縛から逃れようとする妹の話だったんです。でも改稿を続けるうちに、姉妹やその間に割って入るキャラクターもずいぶん変わっていきました。

中江
でも自立の物語という核はきっとブレていないのでは? 少なくとも私はそう感じました。

講談と俳優業が創作にもたらすもの

神田
講談って一人芸なんです。登場人物は3人くらいだし、基本的にわかりやすい話しかない。でも小説なら何人でも書いていいし、自分が面白いと思うことを自由に書ける。だから小説を書くことで、私の世界はすごく広がりましたね。一方で、講談の経験も小説に役立っていて。目の前のお客さんを飽きさせず喜ばせるための工夫が大切なのは、講談も小説も同じですから。中江さんも女優業が創作に影響を与えていますか。

中江
セリフへの向き合い方には共通性があるかもしれません。説明セリフがあれば、いかに説明っぽくなくナチュラルに聞こえるようにするかという点に苦心するんですね。映像ならばそれを表情などでも伝えられるのですが、小説だとそうはいかない。状況説明に陥らずに言葉を尽くして、書くことと書かないことを取捨選択しなければならない。その難しさは小説だからこそだと思っています。物語をどう終わらせるか、というのも小説の難しさ。最後にどんな景色が見えているのか、って小説の肝のような気がするんですよ。『シャドウ』はその意味でも格好いいラスト。読み進めるほどに登場人物たちの印象がどんどん変化して、最後は「そう来たか!」って。

神田茜さんと中江有里さん

神田
私は中江さんの解説を読んで初めて、「このラストのもう一歩先の風景も書けたのかもしれない」と思いました。

中江
私は『シャドウ』を自立の物語として読みましたが、『トランスファー』も居場所を求める物語なんです。居心地がいい場所にいても、人は生きる意味を探してしまう。愛を注げる存在によって世界が輝くこともあれば、それに手が届かない絶望もある。それでも自分の命を自分で全うするしかない。居場所を探すことは「生きる」こととすごく近いのかもしれません。

(構成/阿部花恵 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2019年10月号掲載〉

神田 茜(かんだ・あかね)
北海道生まれ。講談師・作家。2011年『女子芸人』で第六回新潮エンターテインメント大賞を受賞。著書に『ふたり』『ぼくの守る星』『しょっぱい夕陽』『七色結び』『母のあしおと』などがある。

中江有里(なかえ・ゆり)
1973年大阪府生まれ。女優・作家。1989年に芸能界デビューし、多くの映画・TVドラマに出演。2002年『納豆ウドン』で脚本家デビュー。著書に『結婚写真』『残りものには、過去がある』など。


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