思い出の味 ◈ 小野寺史宜

第24回
「家庭科バターロール」
思い出の味 ◈ 小野寺史宜

 ご飯も好きだが、パンも好き。

 朝は四時か五時に起き、バターロールを二個食べて、書く。昼は、食パンにちくわや厚揚げやがんもを挟んで食べる。まあ、パン派と言っていいだろう。

 僕が小学生のころ、学校給食は食パンが主流だった。コッペパンや人気の揚げパンの日もあったが、たいていは食パン。たまにはご飯の日もあった。一時的に、ご飯の日はマイ箸を持参するように、との指令が学校から出されたりもした。

 食パンは、一人二枚。当時はすいかスプーンと呼んでいた先割れスプーンでマーガリンを塗って、食べた。スプーンのその後の処置問題には、いつも悩まされた。裏に付着したマーガリンを直にベロンとなめるしかないのだ。

 初めて本気でパンをうまいと思ったのは、小学五、六年生のころ。家庭科の時間だった。家庭科室でバターロールをつくります、となったのだ。

 正直、期待してはいなかった。何よりもまず、めんどくさかった。パンは買うものでしょ。そんな言葉さえ、発したかもしれない。

 女子につくってもらえばいいや、と思った。と見せて。そりゃ、女子がつくったものを食べたいでしょうよ、と思っていた。

 たぶん、生地をこねるところからやったのだろうが、そのあたりの記憶は曖昧。

 で、何だかんだで焼き上がり。

 熱々のそれを食べてみた。

「うんめえ」と言った。というか、もう、「運命」と言っていた。

 え、何、パンてこんなにうまいの? 焼き立てって、こんなにやわらかいの? 買ってないよ。つくったの、素人だよ。小学生だよ。

 小麦がどうとか、バターの香りがどうとか、そういうのはいい。とにかく、うまかった。

 女子がどうこういうのも吹っ飛んだ。三個も四個も食べた。ヘタをすれば、女子の分までもらって食べた(ごめん、女子)。

 何なんだよ、パン。すげえよ、パン。

 そして僕はバターローラーになった。

 三十数年後には、この家庭科バターロールのことを自分の小説に書きさえする。

小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、08年『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。19年『ひと』が本屋大賞第2位。近著に『それ自体が奇跡』『夜の側に立つ』『ライフ』など。

〈「STORY BOX」2019年10月号掲載〉