ロスねこ日記 ◈ 北大路公子

第15回 澄んだ目で(後篇)

 余市駅では、その出蔵さんが出迎えてくれた。はじめましての挨拶をして、早速、車で農園へ向かう。車中では出蔵さんとK嬢がワインについて何か語り合っていたが、私にはちんぷんかんぷんなので、澄んだ目をしてやり過ごすことを心がけた。澄んだ目はたいていのことを無力化すると、私はくまのプーさんから学んだのだ。

 車はやがて細い山道へ。がたがたとしばらく進んだところで、農園に到着である。山の斜面を切り拓いた広大な土地に、たくさんの木と苗木が植わっている……と表現力が貧弱で申し訳ないが、しかしそうとしか言いようのない光景が広がっている。自然の風景に見せかけて、実に繊細に人間の手の入った美しい景色だ。

「わあ、広いですねえ」

 三百六十度ぐるりと見渡すと、今上ってきた道の向こうに小さく海が見えた。日本海だ。空は灰色で今にも雨が降りそうな気配だが、時折その厚い雲の切れ間から差す日を受けて、海面が青くきらきらと輝いた。

「ちょっと! 毎日こんなきれいな景色を見ながら仕事してるんすか!」

 と思わず声に出しそうになったものの、かろうじてこらえる。今まで澄んだ目でじっと座っていたおばちゃんが、突然叫び出してはさぞ驚くだろうからだ。

 まずは倉庫で農作業用の手袋と帽子を借りる。倉庫はかなり広い。大きな農機具が何台も並べられており、それらは畑を購入した時に一緒に譲り受けたものなのだそうだ。そのごつごつした機械を見ながら、ずいぶん思い切ったことをしたのだなあと実感する。長く続けたという飲食の仕事から、一気に農家である。町の支援による二年間の研修があったというが、それにしてもだ。密かに感慨にふけっていると、

「では、葡萄の苗木に鹿よけのカバーを付けてもらいます」

 出蔵さんに声をかけられ、葡萄畑へ。山の斜面を利用した畑には、数え切れないくらいの葡萄の苗木が行儀よく並んでおり、それら一つ一つにプラスチックの筒を被せていくのだそうだ。筒は下敷きのような薄い板を二枚組み合わせて作る。支柱ごとすっぽり覆うことで、鹿の食害から苗木を守るのだ。

「鹿、やっぱり出ますか」

「出ますねえ。だからこのあたりの農家の人は、たいてい猟銃免許を持ってます」

 鹿肉もよく貰うと言っていた。鹿肉をなんとかいう料理にすると、どうとかいうワインにも合うのだそうだ。なるほど。が、私は鹿肉にも興味がないというか、端的に言ってあまり好きではなく、すべてがちんぷんかんぷんなので、澄んだ瞳でやり過ごしながら作業に取り掛かることにする。

 作業自体は単純だ。最初にある程度の数の筒を組み立て、それをカゴに入れて畑へ運ぶ。苗木の周りの雑草を抜き、地面がきれいになったところで、カバーを装着する。それだけの話である。が、基本的に斜面での作業なので、わりとすぐに足腰にきた。ふだん、まったく動いていないことのツケであろう。さらには雑草抜きが意外なほど大変である。特にクローバーというかシロツメクサの根、それが地中深くに伸びているうえに、かなりの勢いで繁茂している。まだ赤ちゃんのような葡萄の苗木など、簡単に呑み込まれそうだ。

 だが、聞けば農園というのはそういうものらしい。常に手入れをしていないと、様々な植物がどんどん押し寄せてくるのだそうだ。

「畑もあっという間に元の茂みに戻ってしまいますよ」

 実際、以前は畑だったものが、今ではすっかり藪になってしまったという場所も見せてもらった。蔦のように長く根っこだか茎だかを伸ばすことで、遠くまで一気に勢力を拡大する植物があるのだそうだ。名前はきれいに忘れたのだが、心の中で「エイリアン」と名付けたそいつは、繁殖力と生命力が尋常ではなく、一度重機で根こそぎ払ったものの、現在再び勢力を拡大してきているらしい。まったく凄まじいことである。

 そんな中で、まさに「手塩にかける」ように、作物を育てているのだろう。私も微力ながら真剣に協力しなければならない。ここからは脇目もふらず一心不乱に作業をしよう、と心に誓ったところでお昼休憩である。

 お昼は、車で町まで下りて海鮮丼。余市は果物の町でもあるが、海の町でもあり、さらに言えばニッカウヰスキーの町でもある。実は以前、別の仕事でK嬢とニッカの蒸留所を見学したことがある。その時、「弊社の本はありませんでした……」とK嬢をしょんぼりさせた本屋さんの明かりが消えている。なんでも去年白昼堂々刃物を持った強盗に襲われ、現金をとられ、犯人は捕まらず、物騒な店ということで客足が落ち、ついには閉店してしまったそうだ。どこを切ってもやるせない話である。悲しい気持ちになりながら、それでも海鮮丼は美味しかった。近くのテーブルの男性が、ウニ丼を五口くらいで食べきるのを「もっと……味わって……ウニを……」と祈るような思いで見つめた後、畑へ戻る。

 午後も同じ作業に励んだ。カバーを組み立て、それを装着し、シロツメクサを抜く。シロツメクサの根は本当に地中深くまで伸びており、なかなかタチが悪い。力を入れて引っ張ると切れ、かといって指で掘るには深すぎるのだ。根っこと格闘していると、だんだん無心になる。頭の中が空っぽというか、「あらいぐまラスカル」のテーマソングだけが延々と流れ続けていた。シロツメクサといえばラスカルである。思えばあの歌も、六月の風に吹かれながらロックリバーへ遠乗りする。シロツメクサはこの季節に咲くのだ。

 疲れると、背を伸ばして遠くを見つめる。緑が見え、海が見え、空が見える。深く息を吸って、またしゃがみこんで土を掘る。それだけのことなのに、なんだかとても正しいことをしているように思える。よく女優さんなどで田舎で突然農作業生活を送る人がいるが、その気持ちが初めてわかった気がする。身体が浄化されるのだ。今まで「なんじゃそりゃ」と笑っていて悪かった、許せ高木美保よ。と思いがけずの謝罪である。

 四時前、帰りのJRに間に合うように、作業を終える。振り向くと葡萄畑のほんの一角に、我々の被せたカバーの列が見えた。この葡萄が収穫できるのは三年後だそうだ。本当に気の長い大変な仕事である。

ロスねこ写真
畑の広さも、作業の大変さも伝わりにくい写真でごめんなさい


 ちなみに出蔵さんの計画では、来年(というのはこの原稿を書いている今年)、最初に植えた葡萄が収穫できるので、それに合わせて倉庫を改装し、自園の葡萄でのワイン醸造を開始するらしい。眩しい。先の人生を見据え、着々と歩みを進めている真っ当さが眩し過ぎる。私にはない眩しさであるが、せめて独裁者になった暁には出蔵さんもお酒を無料で飲めるように憲法を書き換えようと思う。

 夕方のJRで札幌へ戻る。K嬢に、

「あらいぐまラスカルの歌、歌いそうになるのをずっと我慢してました」

 と告白すると、

「え? 歌ってましたよ」

 と言われた。漏れ出ていたらしい。

(つづく)
〈「STORY BOX」2019年3月号掲載〉