★編集Mの文庫スペシャリテ★ 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』青木祐子さん

著者近影(写真)
『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』
著者近影キャプション
イラスト©uki

森若沙名子、27歳。入社以来ずっと経理部一筋。仕事とプライベートはきっちり分け、面倒事には極力関わらないことを信条としているが、日々処理する社内の領収書から人間関係が見えてきて……。中小企業の経理部という地味な舞台ながらも、キャラクターの魅力とリアルなディテール、軽やかな読みやすさで圧倒的支持を受けている人気シリーズ「これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~」。著者の青木祐子さんにお話をうかがいました。

──『これは経費で落ちません!~経理部の森若さん~』では普通の会社員の日常、どこの組織でも起こりそうな小さなドラマがリアルに描かれています。ご自身もやはり会社員経験があるのでしょうか。

青木……私自身もOL経験が結構長かったんです。大学卒業後、十年ほどいた会社の仕事に経理補佐の業務があり、毎月、貸借対照表と損益計算書を作っていました。知識ゼロの状態からいきなり経理担当になったので、もう半泣きでしたね(笑)。その後転職して、二つ目の会社を辞めたのはデビューして3年目でした。

──物語の舞台となるのは、石鹸や化粧品の開発・販売などを行う天天コーポレーション。集英社オレンジ文庫から先に出ている『風呂ソムリエ』と同じ会社が舞台です。『これは経費で~』とどちらが先に生まれたのでしょう?

青木……『風呂ソムリエ』が先で、『これは経費で~』はそのスピンオフ作品として書いたものです。集英社オレンジ文庫が創刊になったときに、OLが主人公の話を書こうと思って入浴剤開発というちょっと特殊な職業を『風呂ソムリエ』で描いたのですが、自分の中でしっくりこない部分もあって。次はもう少し普通の、どこにでもいる会社員女子を描きたかった。じゃあ同じ会社の経理部でやってみよう、という感じです。だから"経理"という題材も最初のうちはあまり意識していなかった。こんなにシリーズが長く続くとは想定していませんでしたから。

悪の組織にだって経理はある

──主人公の森若沙名子のキャラクターがとてもユニークで魅力的です。入社5年目で彼氏いない歴=年齢の27歳。「過不足のない現在の生活は完璧」だと思っていて公私共に波風立てずに過ごしたいのに、経理部という立場上、なぜだか社内の厄介事に巻き込まれてしまう。

青木……森若さんは、私が会社員時代にお世話になった仕事がデキる先輩をちょっとだけモデルにしています。私はいつもキャラクターから話を広げていくタイプなんですね。森若さんがこういうタイプならば同じ経理部の後輩は素直でかわいいタイプかな、上司はこういうタイプかな、このキャラクターをもうちょっと活躍させたいな、という感じでストーリーよりもキャラクターを優先して書いていく。私の場合はそうするほうがキャラクターの魅力が自然に生きてくるのかな、と思います。

──仕事に求めるものは、「きっちりした労働と適正な給料」。森若さんの価値観は、夢や自己実現に引きずられがちなお仕事小説のジャンルとしては珍しいのでは?

青木……会社を舞台にしたお仕事小説って、恋愛が中心になっているか、「この企画絶対通す!」みたいな仕事一直線の女子か、というどちらかしかないような気がずっとしていて。でも、ほとんどの会社員ってそうじゃないですよね? そんなにやりがいがあるわけじゃないけど給料分の仕事はしますよ、夢中にはならないけど無責任というわけではなく、緩く恋愛したりしなかったりしながら、そこそこ楽しく仕事をしている。そういう"真ん中"の人たちを描いてみたかったんです。会社員の日常はいいことばかりじゃない。でも、つまらないばかりでもないよね、って。

これは経費で落ちません!

──経理部というおよそスポットライトが当たらない部署が舞台になっているのも新鮮です。

青木……悪の組織にだって、組織である以上は経理があるはずなんです。ガンダムに乗っている人たちだって業務で領収書を切る場面があるよね、と思いながら私は見てしまうので。そこに目をつぶるのがエンタメだろうと思う気持ちもあるのですが、「悪の組織も出張旅費をもらうんだろうな」とちょっと想像せずにはいられない(笑)。そう考えたら経理って組織を継続させていく上でとても大事な仕事なんです。数字から見えてくるものっていうのも絶対にあるし、お金の使い方に性格や好みも出る。そこは面白いなと思います。場の空気を読んで「わかりました~」って誤魔化すタイプの人には務まらない。空気が読めないくらいの人のほうが経理部にはいいのかな、と思います。まあ、森若さんはわりと苦労性なので、もっと気楽にやればいいのにと書きながら思ったりもしていますが。

他部署にも正義はある

──最新刊となるシリーズ第5弾では、初めて森若さん以外の視点から、社内での出来事が語られますね。

青木……経理部の先輩である勇太郎にしろ後輩の真夕ちゃんにしろ、これまでは森若さんの視点から見たその人の姿しか書けなかったんですね。でもそろそろ個々のキャラクターも固まってきましたし、私自身がもっとそれぞれのキャラクターを深く知りたい気持ちがあったので今回は整理の意味も兼ねて群像劇のような形で、一話ごとに語り手を代えて書いてみました。このシリーズがここまで来ることができたのは個々のキャラクターの力が大きいんだろうなと思っていますが、ここからは皆が働く天天コーポレーションという会社そのものが、どんな企業なのかということをもう少し掘り下げて書いていけたら。小さい会社で、ちょっと変な社員ばかりだけど、みんなで力を合わせて働いている。自分たちの会社の石鹸をもっと多くの人に知ってほしい、使ってほしい、と思っている。森若さんは経理部ですが、他部署には他部署のいろんな事情がある。営業には営業の正義が、企画には企画の正義が、製造には製造の正義がそれぞれありますよね。それがときにはぶつかってしまうこともあるけれども、大きな目標は同じ。経理上のミステリー的なことをメインにしつつ、森若さんの恋の行方もプラスして、さらにそんな会社のドラマも書けたら面白いかなと思っています。

──会社内部の描写や人間模様はとてもリアルですが、どのエピソードも読後感が爽やかです。仕事に疲れた社会人がちょっとリフレッシュしたいときに気軽に読めて、最後は謎が解けてすっきりできる。共感と癒やし、元気をもらえるのが人気の秘訣ではないでしょうか。

青木……このシリーズはまさにそういう短編を書きたいな、と思って書いているんです。そもそも集英社オレンジ文庫というレーベルに求められているのが、「駅などで気軽に買えて、出張の合間や自宅で読める軽い読み心地のものを」ということなので。だからちょっとシリアスなテーマでもさらっと読めるし、15分や20分だけ現実を忘れられる。そんなふうに必要とされるお話を今後も書いていきたいですね。

──最後に、今号に読み切りが掲載されている「派遣社員あすみの家計簿」についても聞かせてください。

青木……森若さんがわりとパーフェクトな女性なので、次はちょっとダメな女の子を書いてみようかなと思いまして。私、女性誌を読むのが昔から好きなんですけど、最近の女性誌は節約やマネープランの記事がすごく多いんですよね。昔はそういう記事ってバリバリのキャリアウーマン向けだったけど、今は一人暮らしの非正規社員がどうやってお金をためるか、というような記事が増えている。じゃあちょっとだらしない女の子の家計簿の小説はどうだろう、というところから考えついたお話です。派遣社員の方々のシビアな実情はもちろん無視できないものだと思っていますが、そういった現実を盛り込みながらも、楽しく読めるエンタメ小説にしていくつもりです。

手書き

『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』
集英社オレンジ文庫
 
青木祐子(あおき・ゆうこ)

長野県出身。『ぼくのズーマー』で2002年度ノベル大賞受賞。『これは経費で落ちません!』シリーズが働く女性から支持されてベストセラーに。『風呂ソムリエ』『嘘つき女さくらちゃんの告白』など著書多数。

〈「きらら」2019年3月号掲載〉
曲者揃いのイヤミス小説5選【この結末を見届ける勇気があるか】
あなたの知らない……お薦め本の世界