私の本 第4回 出口治明さん ▶︎▷01

 連載「私の本」は、あらゆるジャンルでご活躍されている方々に、「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマにお話を伺います。

 今回は、ライフネット生命の創業者で、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんにお話しいただきました。読書家としても知られる出口さんの、「本好きになった契機」とは? 人生に肝要な「人、本、旅」とは? 興味深いお話を3回に分けてお届けします。

私の本 出口治明さん ▶︎▷01

超多忙でも週に3冊は本を読む

 僕がライフネット生命を開業したのはいまから10年前のことです。社長から会長となり、10年間経営に携わってきましたが、売上が100億円の大台に乗り営業キャッシュフローが40億円を超えたので、34歳の大変優秀な現社長に交代しようと考え、古希になったのを機に役職を退きました。

 それからまもなく、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長就任のお話をいただきました。

 APUはわが国初の学長候補者の国際公募をおこなっており、誰かが僕を推薦してくれて、選ばれてしまったのです。

 このような状況になったからにはもう頑張るしかない、川の流れに沿って行くしかないと、そう思っています。

 APUは大分県別府市にキャンパスがありますが、政府の審議会など東京での仕事もあります。そのため極端な場合は、東京と大分を4日連続で往復したりと、人生のなかでいまが一番忙しい。

 僕は社会人になってから、週に10冊ぐらいは本を読んできました。就寝前に読書を1時間するのは、僕にとっては歯を磨くのと同じように習慣化されていたのです。

 創業者として多忙だったライフネット生命時代は4、5冊に減りましたが、現在はそれよりも少ない3冊ぐらいしか読めない毎日が続いています。

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図書館の本を読破した少年時代

 僕は物心ついたときから、本の虫でした。生を受けたのは三重県の美杉村(現在の津市)で、育ちは伊賀です。近くに民家が4、5軒しかない、周囲は山ばかりの田舎でした。

 幼稚園か、小学校低学年のときだったと記憶しています。ぼんやりと空を見ていて、「太陽は月や星よりずっと大きくて重そうなのに、なんで落ちてこないのかな」と不思議に思えてしかたがなくなってしまいました。それを両親にしつこく尋ねていたところ、うるさがられて、一冊の本を渡してくれました。

 そこには、「石に紐を結んでぐるぐる回してごらん。落ちてこないでしょう。この紐が引力です。引力というものがあるから、太陽や月は落ちてこないのです」と書いてありました。

 当時、引力がなにかはよくわかりませんでしたが、紐に結ばれた石が落ちてこないことだけは確かでした。

 このとき、「本を読んだらなんでもわかるんだな。わかるって楽しいな」と思ったのが、本好きとなった契機でした。

 本を読むといっても、田舎なのでもっぱら図書館です。幼稚園や小学生の頃に読んだのは実業之日本社の『なぜだろうなぜかしら』シリーズ。それから保育社の『原色図鑑』で昆虫や植物、貝類などの名前を知りました。

 講談社の『少年少女世界文学全集』全50巻、それにあかね書房の『少年少女世界ノンフィクション全集』も読破しました。ダーウィンの「ビーグル号航海記」が収録されていて、本当にしびれましたね。

 田舎なので蔵書はそれほど多くはありませんでしたが、小学生から高校生にかけては、図書館にある本はほとんどすべて読んだと思います。

人生に肝要なのは「人、本、旅」

 なぜ本を読むかといえば、「面白いから」です。それがすべてで、「これを読めば役に立つ」などと思って本を開いたことはかつて一度もありません。

 好きこそものの上手なれとも言われるように、面白くない本を読んでも決して身につきません。

 僕は、速読は「百害あって一利なし」と広言しています。速読をしている人は、面白くない本を仕事のために無理矢理読んでいるのでしょうが、それだとすぐ忘れてしまいます。

 デートで好きな人と会ったときに、相手の話を「速読」しますか? 本を読むという行為は著者との会話です。面白い人と会話しているようなものだから、しっかり話を聞く、つまり一行ずつじっくり読まないと損をすることになります。

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 常々僕は、人生には「人、本、旅」が肝要だと話しています。たくさんの人と会い、たくさん本を読み、たくさん旅をする。人間はそれでしか賢くなれない動物なのです。

 僕は活字中毒なので、本が50%、人と旅が25%ずつの配分で出来上がっている人間だと思っています。でもその配分は人によって違っていい。人と会うのが好きなら、素晴らしい影響を与えてくれる相手との時間を増やせばいいと思います。

 僕は本の内容を肚落ちするまで丁寧に読むので、再読することは基本的にはありません。ただし、例外が3冊ほどあります。マルグリット・ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』、レバノンの詩人カリール・ジブランの『預言者』、そして国際紛争の解決にあたった元国連事務総長ダグ・ハマーショルドの『道しるべ』です。

『ハドリアヌス帝の回想』は、詩人の多田智満子さんの訳文がじつに美しい。

『預言者』と『道しるべ』も、どのページを開いても文章が素晴らしく、人間に対する愛に溢れています。疲れたときに読み返すのに、最適の3冊です。

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出口治明(でぐち・はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。10年社長、会長を務める。2018年1月より現職。

人とテクノロジーのこれからの関係を探る『教養としてのテクノロジー AI、仮想通貨、ブロックチェーン』
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