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違和感と距離感を大事にしている主人公

今井……『ママたちの下剋上』、とても面白く読ませていただきました。私はまだ独身で子どもがいないんですけど、いろんな部分で共感できました。お受験にかけるママたちのやりとりは、まだ知らない別世界をのぞき見しているようで、面白かったです。

深沢……ありがとうございます。主人公は結婚しているけれど、子どもはまだいない女性です。連載していた当初は、彼女を中心にした、お仕事小説の色合いが濃かったんですけど、だんだんママカーストのリアルな実態に踏みこんでいく内容になりました。

後藤……私も、面白かったです。女同士のマウンティングの物語なのかなと思っていましたが、その辺りは深く描かれていなくて。読後感がとてもいいのが、第一印象でした。主人公の香織自身はママではなく、ママたちと仕事で関わっている立場というのが、全体をソフトにしているのかなと思いました。あと私はお仕事小説がすごく好きで、仕事の中身について細かく描かれているのも、良かったです。

今井……小学校の広報の仕事って、実際にあるんですか?

深沢……あるんですよ。私の学生時代の友だちが、受験教室のマーケティングの仕事に就いていたんですね。新設校の広報担当の方などは、生徒をうちの学校に受験させて! と、すごい売りこみに来るとか。他にも広報の仕事の、いろんな話を聞きました。これを題材にしたら、ページをめくらせる面白い小説にできるんじゃないかと思ったのが、構想のきっかけです。

今井……取材はされたんですか?

深沢……だいぶ、しましたね。実際に何校か私立小学校へ行って、取材させてもらいました。主に調べたのは、入試広報の業務でした。学校によって、本当にいろんなスタイルがあるんです。大学までエスカレーター式でつながっている小学校なんかは、広報の仕事がきちんと確立していました。でも学校によっては先生の誰かが、仕事の片手間にやっている程度だったり。あるカトリック系の学校は、いまだに広報の冊子を、温かみがあるからと手描きの文字にしていました。上のシスターの方針なんですって。

今井後藤……へぇ〜。

深沢……一方で、インターナショナルスクールなどはIT環境が整っていて、広報HPをばっちり作っていました。生徒たちにはタブレットが配られていて、授業でも当たり前に使っています。学校によって、スタイルは本当にバラバラ。広報の仕事といっても、ひとくくりにはできないんだなと思いました。

きらら……母親ではなく、広報の仕事をしている女性を主人公にしたのは、生々しい話にならないようにという意図もあったのですか?

深沢……これまでの私だと、母親の部分が、どうしても強く出ちゃうんですね。担当編集さんとは「今回はお仕事小説を書きましょう」と、話し合いました。広報の仕事の立場なら、ママたちの様子が俯瞰して見られます。そのぶん読者と近い距離の話が、書けるのじゃないかなと。あと主人公が当事者じゃない方が、つまりママじゃない方が、ママカーストのおかしいところや、違和感に気づきやすいかなと考えました。

今井……香織は、自分の違和感を大事にしている女性だなと。周りに流されていないですよね。

後藤……お姉さんの逸美さんと噛み合わない感じも、リアルでした。

深沢……「あなたは恵まれてるからわかんないのよ」とか、姉妹なのに、すごい厳しい言葉ですよね。だけど子どものお受験にとらわれている女性たちの間では、割と普通に聞きます。ネットでの悪口とか、笑えないレベルですからね。

今井……香織は広報の仕事だけじゃなく、身内のことでも悩んでいます。彼女の視点を通すことで、いろんな人たちの実態が、多層的に描かれていると感じました。

深沢……香織を通して、それぞれ見え方が変わりますよね。

今井……この表現でいいのかわかりませんが、香織は透明な存在だなと思いました。女同士の嫌なバトルから、意識的に離れている感じ。すべてを客観的に、距離をおいて眺めています。悪い意味じゃなくて、主人公っぽくない主人公ですよね。

深沢……たしかに距離はおいていますね。『ママたちの下剋上』は、香織の一人称にしてありますが、身の回りの出来事に対して、深く入りこんでいかないように気をつけました。彼女は仕事に対してはアグレッシブに取り組むけれど、いろんな出来事を少し離れて見ることで、人の気持ちを知って成長していく女性にしたかったんです。そういう意味では、あえてキャラクターの色づけはしていないかも。

今井……他の登場人物たちに比べて、素直だし、負の感情が少ない女性ですね。

後藤……環境も、やっぱり恵まれている。

深沢……香織の場合、その恵まれている立場に自覚がない。強く反論してこないのも含めて、実のお姉さんには憎らしいんですね。

今井後藤……そうそう。

深沢……夫の祐介に対しても、香織は反発したり、言い合ってもいいのに、結局は引きます。他社の担当さんは、読んだとき「祐介に説教したい」という感想が多かったんですけど(笑)、香織は人との違和感やストレスに、闘うタイプにはしませんでした。とりあえず全部を受け止めて、そこから何をすべきか、じっくり考える女性です。彼女のように、きちんと受け止める人間というのに、私自身がなりたい。私の願望を投影させた部分はありますね。理想は、校長のシスターアグネスです。

今井……ああ。

後藤……なるほど。

深沢……闘う姿勢ではなく、きちんとした道徳観や倫理観で、大人らしく物事に対処していく女性が現代にいてもいいなと。そういう人が報われてほしいという気持ちを、『ママたちの下剋上』には込めています。

怒鳴るより、ささやく方が効果はある

きらら……今回の作品は、仕事や家庭など、いろんな場面で起きるトラブルの円滑な対処法をとてもわかりやすく説いた、大人のビジネス書としても読めると思いました。

深沢……そう言っていただけると嬉しいです。男性にも読んでほしいですね。

きらら……香織はママカーストに直面したり、夫婦関係で何度か苦しい立場になります。でも正面から闘わない。場面によっては、ストレートにぶつかった方がいいかもしれなくても、基本的には受け入れるスタンスを通していますね。

深沢……私自身、ケンカが苦手な性質なんです。たしかに香織は理不尽なママたちや姉の逸美、夫の祐介に、はっきり怒ってもいいとは思うんですけど。「怒鳴るより、ささやく方が効果はある」というのが、私の持論にあります。しっかり対処したい、物事を解決したいときは、ケンカでは難しいと思うんです。
 私の父は、すごく怒鳴る人でした。いつも怒ってケンカしている人で、私は反発しかしなかったし、怒りのもとが解消することはありませんでした。ぶつかることも、ときには必要かもしれない。だけどしなやかに相手を受け入れて、忍耐強く接していけば、時間はかかっても、人間関係は根本的に解決していくと考えています。ある種のしたたかさというか。正面からケンカしないのは、肉体的にも社会的にも不利なことが多い女性の、効果的な策じゃないでしょうか。

今井……でも祐介とは正直、うまくやっていける感じがしないかも。

深沢……そうですか(笑)。私が描く男性って、「深沢さんは男が嫌いなの?」と周りに心配されるぐらい、ダメな人しか出てこないんです。

後藤……そこもリアルですよ。

深沢……自己愛が強くて、いい歳なのに幼稚な、祐介みたいな男って、けっこういますよね。

今井後藤……います、います。

深沢……できの悪い男と正面からぶつかって、できるように教えていくのも、間違ってはないんですが、それより自分でやっちゃった方が早いんですよ。

後藤……例えば夫の場合、家事などをやってもらったのに、「こうしてほしかった」ところが目について、指摘したらそこでケンカになっちゃったりとか。

深沢……夫婦には、ありがち。しなやかさは大切にしたいけれど、小説でなく現実では夫に対してはケンカしてもいいかなと(笑)。
 男の人は、間違っていても自覚がないし、基本的には何を言っても変わらない人が多いので。先ほどと矛盾しますが場合によっては言いたいことは、好きなだけ言っちゃいましょう。

頑張っている人を否定しない

今井……しなやかさって、いい言葉ですよね。香織って、違和感を無理に直そうとしないですし、力ずくで相手を変えようとしない。考え方の転換がうまくて、結果的に周りを丸く収めていきます。彼女の人間としての、しなやかな柔軟さはすごい。見習いたいと思いました。

深沢……ありがとうございます。香織が接するママたちには、明らかに間違った方向へ行ったり、トラブルを招いている人はいるけれど、香織は責めたりしません。彼女たちはみんな子どものために、頑張っている人たちです。頑張っている人を、間違っているからといって否定するような話には、したくないなと思いました。仕事や家族を大事にしながら頑張っている、ママたちへのエールを込められたらなと。

後藤……後半の「私の母はボタンをとめずにカーディガンをひっかけるような、母性を脱いだり着たりが容易なスタンスだったのかもしれない」という一文が、私にはとても印象的でした。お母さんっていうカーディガンは、たまには脱いでもいいんだよと。そうすることで健全でいられるんだよという、深沢さんのメッセージが感じられました。

深沢……嬉しいご感想です。ママカーストの実態とか、お母さんたちのいやらしい姿ではなく、読んだ後に、何かしら勇気が出るようなものにしたいなと。頑張ってお仕事している女性を、まっすぐ書いた小説です。

きらら……では最後に、読者の方々に、ひと言お願いします。

深沢……ママに限らず、男性でも、未婚の方でも、いろんな方々にとって発見のある作品になりました。ぜひ書店で、手に取ってください。あと普段、私は都内の書店をちょくちょく徘徊しています。このまえ私の本を立ち読みしている人を、じーっと見ていたら、変な顔で立ち去られてしまいました。『ママたちの下剋上』では、立ち読みされている人を見るのは、ほどほどにしておきます(笑)。

 

(構成/浅野智哉)
 

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