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映像的に書いたほうがリアルになって面白い

後藤……森沢さんの小説が大好きで、ずっと店頭で大きく展開しています。『ミーコの宝箱』を拝読しましたが、生まれてすぐに両親に捨てられ、祖父母に育てられたミーコという女性が主人公。ミーコは昼間、介護の仕事をし、夜はSM嬢として働いています。何故ですか?

森沢……友人で写真家の藤里一郎さんが、昼と夜とで極端に違う仕事をしている面白い女の子がいると、じぇりたんという女性を紹介してくれたんです。実際に会ってみると、言葉遣いも丁寧で育ちが良さそうな女性でした。彼女にいろいろと話を聞くと、小説にするとリアリティがなくなっちゃうんじゃないかというくらい、ドラマチックな人生を生きていて、これは小説の題材になるなと思いました。この作品は、彼女の生い立ちをベースに、まったく架空の物語を書いています。

山崎……藤里さんの写真展を度々当店で開催していたこともあり、この作品が出る前から、じぇりたんをモデルした小説を森沢さんが書かれると伺っていました。きっと彼女が人生で経験した痛みや悲しみが描かれているだろうと想像をしていましたが、実際に読んでみると、ミーコに関わった人達の心の傷が浄化されていく短編集で、思い出すだけで涙ぐんでしまうようなシーンも多いです。

森沢……ありがとうございます。僕もゲラを推敲しながら、泣いちゃうこともありましたよ(笑)。

後藤……第1章では、ミーコと客であるナベちゃんとのSMシーンが描かれています。このシーンには衝撃を受けました(笑)。SMシーンの合間に、ミーコが両親に捨てられ、祖父母に育てられた生い立ちがうまく挟み込まれていて、読んでいくうちに、人との繋がりを丁寧に描かれるいつもの森沢さんの作品だなあと思いました。

森沢……ミーコやナベちゃんに焦点を当てるよりも、二人の行動を追ったほうが、心の傷の深さや、優しさを描けると思ったんです。SMシーンは映像的に書いたほうがリアルになって面白い。僕はこういった経験がなかったので、じぇりたんにどういった道具を使うのかなど、具体的に教えてもらいました。たぶん彼女に一番聞いたのは、SMのことかもしれません。

幸せとはなるものじゃなくて、気づくもの

山崎……第2章は、時代を遡ってミーコが小学生時代の話に移ります。両親に捨てられたミーコは、祖父母に育てられていますが、躾を越えた虐待と思えるほど、祖母に厳しく育てられていますね。

後藤……ミーコは毎日なにか一つ宝物を見つけることで、つらい日常を明るいものに変えていきます。「宝物探し」をすることを教えてくれたのは、怖かった祖母なんですよね。この「宝物探し」というのは、とても素敵だなと思いました。

森沢……「幸せとはなるものじゃなくて、気づくものだ」と友人に教えてもらったことがあって、幸せって、なろうと思ってもなれるものじゃないんですよね。禅の「明珠在掌」という言葉は、僕の座右の銘でもあるんですが、幸せという名の宝石は、すでにみなさんの手に握られている。ミーコは両親がおらず、いじめも受けていますが、祖父母の教えから自然と幸せになるコツを掴んでいます。この小説を読んで、読者の方にも幸せになるコツを掴んでいただけたら嬉しいですね。

後藤……いくら孫とはいえ、両親がいないミーコを守り育てていくのは大変ですよね。祖母からの愛情に幼いミーコは気づいていませんが、本当に愛情深く育てられている。私にも子どもがいますが、自分もこれくらいの愛情をかけられているかなと振り返って考えたりしました。

森沢……ミーコの祖母を、ただの虐待おばあさんにせずに、きつい躾は、愛情の裏返しだったことにしたかったんです。そうやって書くことで、虐待をされて育った人達の記憶が、もしかしたらひっくり返って、いい思い出に上書きされるかもしれない。今も抱えているトラウマを解放してあげたい気持ちがありました。

山崎……ミーコの祖父母がプレゼントしてくれた宝箱には、祖母が大事にしていた鏡が扉の裏に貼り付けてあります。この鏡には祖母の愛情が込められていて、読んでいるうちに、私自身が救われるところがありました。感動したという言い方は恥ずかしいんですが、自分自身が楽になりました。

森沢……そう言っていただけると嬉しいです。祖父母に限らず、両親との間に確執がある方は多いですよね。僕も昔親とケンカしたことが未だに心の傷として残っていたりします。人生を失敗せずに見事に生き抜いていくなんて無理なことで、人生経験を積んで賢くなったように見える人でも、不器用なところが残っている。不器用な人を描く時、高倉健さんのように男性で描かれることが多いですが、僕はミーコの祖母を不器用な女性として書いてみました。

弱い部分がないと、人生は面白くない

後藤……第3章ではミーコの小学校の同級生・久美に、第4章では中学校の保健の先生・奈々の視点に変わります。奈々とミーコは一緒にお風呂に入るほど仲がいいですが、この関係は同性が読んでもどきどきしますね(笑)。

森沢……ちょっと変わった関係性を描きたかったんです。一見、ごく普通に見える人でも、普通ではない経験をしていることがあります。SM嬢と介護士を両立できるような女性に成長するミーコだったら、こんな経験もしていそうだなと妄想しました。

きらら……奈々も離れて暮らす家族との間に問題を抱えていますが、ミーコの存在によって、彼女の生活にも変化があるところがよかったです。

森沢……人は必ず人に救われるもの。大人であるはずの先生が、ミーコという子どもに救われることもあって、必ずしも人は年配者にだけ学ぶとは限りません。特殊な環境でのミーコの生き方を見て、自分に持っていないものを感じて救われることもありますよね。

後藤……第5章では、ミーコの彼氏のような存在になった文也が語り手です。すでに風俗嬢として働いているミーコは、「恋愛ごっこならいいよ」と言って文也と付き合い始めますが、その言葉で文也は苦しめられ、暴力をふるうようになってしまいますね。

森沢……やっぱりミーコは傷ついている人なんです。心のバランスが崩れていて、恋愛ごっこじゃないと付き合えない。ここでは描いていませんが、ミーコは恋愛にトラウマがあるんでしょうね。

山崎……祖父母の家を飛び出したまま、一度も戻っていないミーコは、文也と一緒に、実家のお墓参りにいきます。これはただのお墓参りではなく、祖父母の名前がないか、二人の安否を確認しに行く作業でした。つらい現実を知ってしまうかもしれないのに、お墓に行くミーコの強さに、超然としたものを感じましたし、逆に、恋愛ごっこでもいいから、隣にいてくれる人を求める姿に、ミーコの弱さも感じ取れました。

森沢……ミーコはいつも自分から宝物を見つけることができるポジティブな女性ですが、やっぱり人間なので、弱さも持ち合わせてほしかった。お墓をチェックに行くのは、祖父母が生きていることを確認する作業でもあって、「ああ、まだ元気に生きているんだ」と思いたかったのかもしれません。そういう弱い部分がないと、人生って面白くないですよね。

山崎……文也は最後、自分の弱さと向き合って、ミーコとの関係を見つめ直します。その彼の吹っ切れ方に男気があって、本気で恋愛をしようと思えた彼は、とても格好よかったです。

森沢……この章では、共依存の典型的なパターンを書きました。きっと二人はずっとうまくいく関係ではないですし、文也はミーコに振られるかもしれないだろうけど、それでも彼は成長していけると思います。

娘のチーコにも自然と伝わってほしかった

後藤……次の章では、ミーコが勤める風俗店の経営者・竜が登場します。ミーコの一人娘・チーコも出てきますが、借金をつくって蒸発した中年男との間にできた子どもが、チーコなんですね。こんなに大変な思いをして生き抜いてきたのに、どうしてそんな男に捕まっちゃったのかと思いました(笑)。

森沢……風俗嬢を仕事に選んでいると、単純に確率の問題で、誠実な男性と出会って付き合っている可能性は低い。騙し騙されの関係に陥ってしまうことが多いように思いました。ミーコは父親がいない環境で育っているので、父親への憧れから年上男性と付き合っちゃったんでしょうね(笑)。

後藤……竜とミーコは、お互いに想い合っているようでしたが、仕事の上のトラブルもあり、うまく関係が発展しません。最終章では、大人になったチーコの思いが語られます。ミーコに大切に育てられたことで、幸せな結婚を控えている姿がよかったです。 森沢……ラストではチーコの視点にしようと決めていました。母親の職種や父親の不在は、ただ物理的な環境にすぎず、それによって子どもが不幸になるとは限りません。どんな環境の下でも、自分の人生にある小さな幸せに気づきながら生きていく、というミーコの人生の考えが、娘のチーコにも自然と伝わっていてほしかった。それにミーコはチーコに愛情だけはたっぷりと与えているので、人として道を逸れることはないはずなんです。

山崎……チーコは学生時代にリストカットをした経験があり、チーコの腕の傷を見たミーコはとても傷ついていました。いくら愛情をかけて育てていても、思春期の頃には、自分の存在を消したい衝動に駆られるようなことがあります。それでもチーコが、自分自身で変われることができてほっとしました。

後藤……よく虐待は繰り返されるといいますが、ミーコは他人への愛情のかけ方を知っています。ずっとどうしてそうやって生きていけるのか考えながら読んでいましたが、ミーコが祖父母からもらった宝箱にその秘密があったんですね。ずっと愛情をもらっていることが、心と身体に染み付いていた。祖母が仕掛けておいた宝箱の手鏡の秘密に気づくのが、曾孫であるチーコなのがまた素敵でした。ただの一本の紐だったものが、ラストで一つの円になっていくようでした。

森沢……宝箱の秘密やミーコの本当の名前もそうですが、それぞれの章に伏線を張り、伏線をどこで回収するか、すべて計算して書いています。この作品に限らず、実は僕の作品はミステリ的な要素を入れているんです。ミステリ小説っぽく書いていないので、謎解きとして読まれることはあまりないんですが(笑)。

後藤……森沢さんは、ほかの小説と絡めて作品を書かれているので、一ファンとしては、どこで作品同士が繋がっているのかを見つけるのも楽しいです。

森沢……最新刊の『ヒカルの卵』もある作品と繋がっていますよ。今年は単行本を3冊発表しましたが、今月末には般若心経を分かりやすく超訳した本も刊行予定です。動物の写真を添えてあって、何度でも読み返したくなるような本に仕上がっています。また『虹の岬の喫茶店』に出てくるミミっちを主人公にした『虹の森のミミっち』という絵本も出します。どちらもプレゼント本になったら嬉しいですね。
 書店は文化を発信するとても重要な基地。世界を、日本を幸せにするためにも、書店員さんにはがんばってほしいです。みなさんが書店で楽しく本を買うことで、書店員さんを通して、人や物が繋がっていける。書店は、人々のかすがいのようなものになっていただきたいです。これからもどうぞ僕の小説をよろしくお願いします。

 

(構成/清水志保)
 

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