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今月飲むのを我慢して買った本

富樫倫太郎さんの『北条早雲 悪人覚醒篇』が発売!
  孤軍奮闘する早雲の男気溢れる姿が泣けるくらいかっこいい。

ときわ書房IY船橋店(千葉)小峰麻衣子さん

 待ちに待った、富樫倫太郎さんの『北条早雲 悪人覚醒篇』がついに発売! 軍配者シリーズを読んだときから、若い頃のかっこよさが容易に想像できた北条早雲を主人公としたシリーズの第二弾です。応仁の乱が収束、領主が一方的に搾取し、農民たちは重い税に苦しみ逃亡、結果的に都市には浮浪者が溢れている混迷の時代。

 誰もが安心して暮らせる世の中を作ろうと、若い早雲が悩み、くじけながらも信念を貫くべく孤軍奮闘する。家族を大切にし、領民を慈しみ、領民からも慕われる。そんな男気溢れる姿がちょっと泣けるくらいかっこいい。

 堀越公方に下剋上したり、子孫が秀吉の小田原攻めで滅ぼされたりとマイナスイメージが強かったですが、本作で北条氏にがぜん興味が湧いて小田原城に詣でてきてしまいました! 今から次巻が楽しみです。

 柳広司さんマルの「ジョーカーゲーム」シリーズ最新刊『ラスト・ワルツ』は、いつものように切れ味のいいスパイミステリを三編収録。

「アジア・エクスプレス」は大陸鉄道車内でのD機関諜報員対ロシアの暗殺者という手に汗握る緊張感がたまらない。

 三作目「ワルキューレ」は、ドイツの映画製作所を舞台に諜報員、日本人スター、ナチス高官の三つ巴の出し抜き合戦ににやりとし、思いがけない急展開のラストに大満足。

 そんななか、特に女性陣に注目していただきたいのが、二作目の「舞踏会の夜」。女性視点なうえに若い頃の結城中佐が登場。二十年以上まえの一度きりの邂逅を、ある一言だけで思い出させ、しかも作品中では決して結城中佐という名は出てこない。

 いやあ、このシリーズできゅんとするとは思いませんでした。

 小野不由美さんの『営繕かるかや怪異譚』は王道の日常系ホラー。いつの間にか開いている襖、開かずの間、雨の日に現れる喪服の女の幽霊、井戸水に混ざって家を浸食するもの、見知らぬ男児が「出る」ガレージ。じわじわ染みてくる怖さはありながら、エアーポケットのように日常から浮き上がった怪異にきちんと向き合い、強引ではなくあくまでゆるやかに営繕してゆく様にほっとします。単なるホラーとは一線を画する名作。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

ヤマト屋書店仙台三越店(宮城)鈴木典子さん

 水戸藩ってあの「水戸黄門」の〜、と思って読むと、すでに時代は変わっていて崩壊前の激動の最中。そんな時代に武士の嫁として、歌人として生きた女性の生涯。朝井まかてさんの『恋歌』は当店の客層(年配の方です)に合っているのか、直木賞受賞後もじっくりと売れ続けています。明治の歌人中島歌子が恋をし嫁いだ先は天狗党の林忠左衛門。天狗党とはなんぞや? 裕福な商家に育った歌子はなぜ親の勧める見合いを断わってまで、武士のもとへ嫁いだのか? と読み進んでいくうちに、知られざる水戸藩の歴史の闇を見ることになります。史実に基づきながらもフィクションであろう歌子の感情に涙する人が多いのかも。時代の狭間に翻弄されつつも強に生きた歌子にご年配のお客様は共感するものが多いのも頷けるお話です。

 そして、昨年末に出た中村文則さんの『教団X』も、これまたじんわりと売れています。ポチリ、ポチリと売れるという……、内容を見ると確かにこういう売れ方するな〜、というマニアックな内容の小説。カルト教団、国までを脅かすほどの事件。それに巻き込まれる男女四人。二十年前にこんな教団あったよな、と私は怖くなりましたが、平成生まれの方はあの事件を知らないんですよね。リアルタイムで見ていた私としては、宗教とは? 人にとって神とは? 善悪とは? と考えさせられましたが、エンターテイメント性が強いので、あの驚くような厚さの本もずんずんと読んでしまいました。リアルタイムで「あの事件」の報道を見ていた方は、ついに触れてはならぬものに触れた作家がいたか! と驚くかもしれません。あくまでも小説ですので、著者の意向と作品のすごさを読み取ってほしいです。

 最後は黒野伸一さんの『脱・限界集落株式会社』。本当に息長くそしてゆっくりと浸透した売れ方をしています。そりゃそうです、舞台になっているのは、わが町東北。農村がたくさんある地域。他人事ではありません。過疎、高齢化、食糧問題は常に身近にあるのです。現実は小説ほど上手くはいかないかもしれませんが、この小説は農村の在り方、生き残り方を模索している地方に響くのです。まずは前作『限界集落株式会社』を読んでから本書へ。

 静かに売れ続けている本を紹介しましたが、地域性と客層が見えますね。面白いものです。

私はこの本を1日1冊1すすめ

寺の僧侶のもとに“人生相談”に訪れる人々との交流を、
ユニークにまたおおらかに描いた三輪太郎さんの『大黒島』。

八重洲ブックセンター本店(東京)内田俊明さん

 芥川賞が決まりましたね。今回は小野正嗣さん『九年前の祈り』が見事受賞作に輝きました。小野さんには前からずっと芥川賞を獲ってほしかったので、とてもうれしく思っています。

 というわけで今回は、次に芥川賞を獲りそうな実力のある作家の作品を三冊選んでみました。

 まずは今回候補になりながら惜しくも受賞を逃した、高橋弘希さん『指の骨』。

 太平洋戦争のさなか、激戦地となった南方の島で、野戦病院に収容された主人公の「私」が見る、戦地での悲惨な生活と死の数々が描かれているのですが、不思議と重苦しい雰囲気がない。そこにかえってリアルさが醸し出されています。これを三十代の著者が書いたというのだから驚きです。

 今回の芥川賞候補は、どれが受賞してもおかしくないほど五作とも良かったのですが、中でも受賞作に次ぐ力作だったと思います。

 続いては、昨年の文藝賞受賞作、李龍徳さん『死にたくなったら電話して』。大阪の十三で暮らす浪人生の男・徳山が、キャバクラ嬢の初美と出会ったことで人生を大きく変えていくさまが、ユーモラスな筆致ながら凄絶に描かれています。徳山と初美が、少しずつしだいに世間とのかかわりを絶っていき、二人だけの世界に閉じこもっていくところが、とても不気味で“キショい”、でも面白い。

 ボクは関東在住なのですが、これを読んで久しぶりに大阪の十三まで出かけてしまいましたよ。

 最後にベテランの作品を。三輪太郎さん『大黒島』は、中禅寺湖の中に浮かぶ大黒島(架空の島です)にある寺の僧侶が主人公。かつて銀行マンだったという異色のキャリアを持つこの僧侶のもとに、元同僚とその妻、かつて軍人だった老人、フランス人の女性などが次々と“人生相談”に訪れます。

 といっても抹香くさいお話では全然なく、ひょうひょうとユニークに、またおおらかに人々の交流が描かれ、読んでいると実に不思議な気持ちにさせられます。

 三輪氏は大学で准教授をしながら作家をしておられるので、キャリアのわりに作品数が少ないのですが、久しぶりに新作が読みたいところ。

 今後はぜひ、この三人の作品には注目していただきたいと思います。

 

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