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今月飲むのを我慢して買った本

中村航さん『デビクロくんの恋と魔法』は、ポップでキュートなストーリーがキラキラ光るシャンパンのよう。

BOOK EXPRESSリエール藤沢店(神奈川)林 華子さん

 寒いこの季節はアツアツの鍋をつつきながらお酒をぐいっと飲むのが至福のひとときです。でも、この幸せと引き換えにしても読みたいと思う小説があります! 飲むことは我慢して、代わりに小説をお酒に見立てて紹介したいと思います。

 一冊目は中村航さんの『デビクロくんの恋と魔法』です。優しいけど少し気の弱い光くんの恋の物語です。光は書店で働きながら絵本作家を目指しています。そして、夜にこっそり「デビクロ通信」というビラを配る大胆な一面も持っています。ある日、そんな光が運命の人に出会った!? 恋にひたむきな光の姿は切なくて胸を打たれます。話の中にはいろいろな伏線があり、読み進めていくうちに「あれはこういうことだったのか!」とわかってきます。デビクロ通信にもある秘密があって……最後にホロリとなります。ポップでキュートなストーリーはまるでキラキラ光るシャンパンのようです。

 二冊目は朱野帰子さんの『駅物語』です。東京駅に配属された新人駅員の若菜直が、上司や同僚そして様々なお客さまとの出会いを通じて成長していく物語です。駅員になった若菜は一年前に駅で自分を助けてくれた人達を探しますが、若菜自身に事情があったように若菜を助けた人達にもそれぞれの事情があったのです。一人ひとりに物語があり、それが駅という場所で交差する。そして奇跡が起こります。身近だと思っていた駅の知らない一面にきっと驚きます! 駅を支える人々の物語は、まるで深い味わいの日本酒のようです。

 三冊目は山本文緒さんの『なぎさ』です。自分の人生を見失った人々が自分を取り戻していく再生の物語です。取り柄のない主婦の冬乃。目指していたお笑い芸人をやめて会社員になった川崎。飽きることに怖れ、決まった居場所を作らないモリ。それぞれが求める人生で本当に大切なものは何か。迷ったりぶつかりながらも前に進んでいく心の葛藤が繊細に描かれています。3人それぞれの視点から見ることで、出来事の見え方や捉え方が変わり、物語により一層の深みが加わっています。その見せ方はさすがです! まるで熟成したワインのような作品です。

 お酒を飲まなくても、酔ったように気持ちが高鳴る小説を紹介させていただきました。ぜひご堪能くださいませ!

当店の売れ行き30位前後にいる小説

グロテスクな人間の心のありようを、非情に、
それでいて愛おしく描く『光』の、三浦しをんさんの力量に感服。

正文館書店可児広見店(岐阜)前川琴美さん

 この季節、書店員はどの本が本屋大賞に選ばれるかについて真剣に悩みます。メディア化される作品も多いため、ダイレクトに経済を動かす一票の重みを感じ、割ける時間のほとんどを費やして悩みに悩みまくります。どれも本屋大賞に選ばれてほしい。出来れば永遠に平積みしたい。と思うのは強欲ではなく当然のことです。

 2013年は百田尚樹さんの『海賊とよばれた男』が大賞を取りました。これは今なお売れに売れているのに、更にお薦めしてしまう作品です。読んだ人がみんな、冒頭の「愚痴をやめよ」という言葉に背筋を伸ばし、脳内で国岡商店の社員になって、昭和の骨太男祭りにむせび泣くかと思うだけで幸せな気持ちになります。

 ところで、前年の2012年の本屋大賞に選ばれそこねた(2位だった……)高野和明さんの『ジェノサイド』に私は迷いに迷って投票したんだ、この作品にも大賞に輝いてほしかったんだ〜!! と叫びたい思いでやっと文庫化された本を眺めております。この作品は、参考文献一覧を見て頂ければ作者の意気込みが尋常じゃないことが分かります。読んだ誰もが息をするのも忘れ、胸筋を破りそうな勢いで心臓をバクバクさせ、ページを繰るのです。同じ日本人が書いたということが誇らしい、世界中のみんなに自慢したい、そんな作品です。

 ところでその年大賞に輝いた三浦しをんさんの『舟を編む』もみんなに愛される作品でしたが、この作品を読まれた方には是非三浦氏の『』も読んで頂きたいです。『舟を編む』は「白しをん」であり、『光』は「黒しをん」なのです。この振り幅にはくらくらします。しかも、この黒、どす黒いというレベルを超え、もはや闇……(題名は「光」なのに……)。心の底から愛し合いたいと望んでいるのに、信頼できる人間は誰一人としていない、自分も含めて他者の痛みに無自覚で無責任で、肉体的にも精神的にも血を流し続けている登場人物の苦悩は、まるで自分の内側から溢れ出たのではないかというような感覚に陥ります。決壊しそうな現実を必死に守ろうとする人間の愚かさは、蓋をしたくなるような腐臭を放ち、暴かれた闇の深さに途方に暮れてしまうのは私だけではないはずです。美しく見える表皮を一枚めくればグロテスクな人間の心のありようを、非情に、それでいて愛おしく描く三浦氏の力量に感服します。

私はこの本を1日1冊1すすめ

岩城けいさんの『さようなら、オレンジ』は、今まで日本にいると経験したことがない世界を見せてくれました。

オリオン書房ノルテ店(東京)辻内千織さん

 ローラン・ビネHHhH』がとにかくすごい!! ナチのユダヤ人大量虐殺の首謀者ハイドリヒと、二人のパラシュート部隊員による彼の暗殺計画を描いた「事実しか書かれていない小説(フィクション)」です。語り手である「僕」が微細な事実にこだわりながら物語を書いているという、この企みに満ちた語りが本当に素晴らしいのです。何度も立ち止まり歴史や事実を確認する「僕」によって、やがて読者は怒濤のラストへと導かれます。小説を書くとはどういうことなのか、そんな大きな問いへの答えとなり得る大傑作。こんなの今まで読んだことがない! と何度も感嘆のため息をつきながら読みました。小説ファンは必読、これは読まないと本当に損ですよ!

 今まで読んだことがないと言えば、長嶋有問いのない答え』もそうでした。世界中で利用されているツイッターを装置にして、そこに集いつながる人々を描いた「ツイッター群像劇」の誕生です。若い世代を中心に今や当たり前となったツイッター。その本質や人々に与える影響、そして使い始めた時には感じていたはずなのにいつの間にか忘れてしまった違和感……。ツイッターそのものの描写はもちろん、交わされる「つぶやき」にまつわるディテールの凝りようはさすが長嶋さん。そして、次々と代わる語り手(つぶやき手?)の細かすぎるディテールの中からふいに、3・11が浮き上がってくる。秋葉原通り魔事件の加藤がこぼれ落ちてくる。練りに練られた小説の「強度」を、改めて教えてくれた一冊でした。

 最後は、今まで経験したことのない世界を見せてくれた、岩城けいさようなら、オレンジ』を。オーストラリアに難民としてやってきた黒人女性のサリマと、夫に連れられてやってきた日本人女性のハリネズミ(さゆり)の物語が交互に語られます。習慣も言葉も何もかもが違う社会で、居場所を求めて闘うふたり。日本にいる間は気づくことのできない、人種的な「マイノリティ」になるという感覚を、サリマとさゆりを通して強烈に印象づける力を持った作品です。と同時に、日本国内にいてもなお、誰でも何かしらの形で孤独な瞬間があります。孤独を痛切に感じたことのある人、いま生き苦しさを感じている人にも響くものがたくさんあると思います。

 

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