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今月飲むのを我慢して買った本

紅灯の街の艶やかさと暗さの中に、炎のような女達の憤りが、読者の心も焦がす村田喜代子さんの『ゆうじょこう』。

丸善博多店(福岡)徳永圭子さん

 丸善博多店は博多駅の8階にあり、旅行者、お買い物、家路を急ぐ人などが縦横無尽に行き交う賑やかな場所です。夕暮れの遅い九州。名物の屋台は暗くなる前から現れ、明るくなる頃には跡形もなく立ち去り朝を迎えます。そんな夜風の誘惑にも負けずに近頃読んだ本は、逞しく生きる女性の話が偶然にも続きました。

 村田喜代子さんの『ゆうじょこう』は、熊本の廓に売られた硫黄島の娘のお話。花魁のもとで下積みをしながら春をひさぎ、女紅場と呼ばれる学校へ通い、読み書きを習います。

 物の名を覚え、思いを書き綴ることが、人を人として形作るのにどれだけの役割を果たすか。屈託のない故郷の訛のままに書かれた日記や、女紅場の師匠が女たちの行く末を思う姿が、それを映し出す小説です。紅灯の街の艶やかさと暗さの中に、絶えず燃え続けた炎のような女達の憤りが、読む者の心も焦がします。

 もう一冊。冨田江里子さんの『フィリピンの小さな産院から』は、近年読んだ本の中でも最も光るノンフィクションの一つです。フィリピンの貧困地区で産院をひらく冨田さんが助産専門誌で連載したエッセイ。なにより文章が心地よいので、是非手にとってみてください。伝統的風習の違いの上に、近代化した情報が不自然な形で流れ込み、そのひずみは一番弱い者にぶつけられます。

 生命の場での限界、つまり患者の死を何度も体験し、反省し、その時その場でできること、子と母にとって必要なことは何か、冷静に判断する冨田さんの行動に、背筋が伸びます。何度も読みたい一冊です。

 二冊の本には不思議な快活さがありました。逃れられない悲しみは怒りに変わり、その怒りを希望に変えようとする生命力が、この明るさの源ではないかと思います。

 最後に一冊。ちくま学芸文庫の中井久夫コレクションが完結しました。最終巻は『私の「本の世界」』。言うまでもなく絶品のブックガイドです。硬軟新旧問わず、素晴らしい本が紹介されています。新たな世界と出合える大切な指南書が増えました。

 年々お酒に弱くなり、読書にとってはよいことですが、ちょっとさみしく思うこともあります。もう一生分飲んだのでは? とも言われます。ううむ。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

安藤祐介さんの作品は、仕事に苦しみを感じている人に、時には優しく接し、時にはその対処法を教えてくれます。

小田急ブックメイツ新百合ヶ丘店(神奈川)狩野大樹さん

 お店で10位以内に入る作品は主に新刊、メディア化作品、話題書です。その中に時たま顔を出したりしながら長期間30位以内に入り続ける作品は、おそらくその時代が欲している作品なのではないでしょうか? 僕がこれからおすすめする3作品はまさに今読んでいただきたいのと、知らないとちょっと損をしているなと思う作家さんの作品です。それはただ単に内容が新しいという作品ではないので多くの方に楽しんでいただけると思います。

 安藤祐介さんの『営業零課接待班』。今、色々な意味で仕事をすることに苦しみを感じている人がたくさんいると思います。安藤さんの作品はそういう働く人に時には寄り添うように優しく接し、時にはその対処法を教えてくれます。現在、僕は息が詰まっていないはずなのに涙が溢れました! 自信を持ってプラスの方向に自分の気持ちを持っていき、仲間を信じればこんなに見えてくるものが違うと教えてもらいました、凄い!

 畑野智美さんの『国道沿いのファミレス』は読み進めるといとおしさでいっぱい! 主人公のユキも、シンゴも、粧子ちゃんも! 星野くんはいとおしくないか(笑)! 畑野さんの作品は今という時間をしっかり切り取って小説にしています。空間も感情も時も。だから入り込めるし、いとおしい! 自分ではない彼らの、その息遣いを感じとれるのは、その自然な描写から! この感覚を持っている作家さんは僕が知っている中で畑野さん一人だけです。

 最後は村山早紀さんの『竜宮ホテル』。村山さんの作品には不思議な人物や不思議なもの?がたくさん登場します。時には彼らは残酷で冷たい辛さを運んでくるけれど、本当に温かいものが根底に必ずあります。それが今現代の殺伐とした世界に必要な温かさだと思います。村山さんの世界の風早の町は、オアシスな気もしますし、僕も行ってみたいです。そんな気持ちを多くの方が共有されているからファンが多いのでしょう。村山さんとじっくりお話ししてみたい。だってこのお話の中の人物のような心をお持ちの方なのでしょうから。

 今回、あえて内容には触れずに感覚だけで紹介しました。テイストは全く違う3作品。でも、読めばなぜ今売れ続けているのか分かっていただける、とても素敵な作品だと思います。

私はこの本を1日1冊1すすめ

言葉をつくした柴崎友香さんの『わたしがいなかった街で』は、これから生きていく上で、何度も読み返す大切な小説。

ジュンク堂書店池袋本店(東京)田村友里絵さん

 新作が出たら、必ずチェックする。そう決めているお気に入りの作家さんはいますか? 私にとってのそんな作家のひとり、柴崎友香さんの本を紹介したいと思います。

 まずおすすめしたいのは、『ショートカット』。この作品は遠く離れて恋をする男女を描いた連作の短編集です。東京、大阪、仙台、メキシコなどさまざまな場所が出てきますが、その場所を近いと思うか遠いと思うかは、自分の想い次第だと知りました。

 心から会いたいと思えば、いつでも会える。本気で行こうと思えば、今すぐにでも行ける。その事実を胸に刻めば、どんな距離でもショートカットできる。そんな前向きな気分にさせてくれる素敵な小説です。

 次に紹介するのは、『寝ても覚めても』です。ある日突然どこかへ行ってしまった元彼と、その人にそっくりな今の彼との間で揺れ動く女性が主人公の恋愛小説なのですが、このあらすじを聞いて、うーんと思った人や、恋愛小説なんてと思った人にこそ読んでほしいです。

 いわゆる恋愛小説ではページを割いて書かれるであろう二人の出会いとか別れとかのあれこれはあまりありません。主人公の何でもないような日常、すぐにでも忘れてしまうような風景の描写が続くのですが、読んでいてじわじわ胸にこみ上げてくるものがあります。感情はそういう何気ない風景と結びついて記憶されているのかも。心が揺さぶられる、不思議な魅力を持った小説です。

 最後はこちら、『わたしがいなかった街で』です。この小説の主人公は、毎日の生活の中で、ふと考えます。会えない人と死んでしまった人の違いを。行ったことのない場所で今起こっている紛争。そこで傷つけられ、死んでいく人の中にどうして自分が含まれていないのかと。今自分がいる場所で昔起こった戦争。その戦争と自分は本当に関係がないのかと。

 一言でいうと陳腐に聞こえるかもしれない、「ここにわたしがいる」という不思議を、何度も繰り返し確認しながら、丁寧に言葉をつくして描いています。これから生きていく上で、きっと何度も読み返す大切な小説です。

 以上3冊を心からおすすめします。新しい作家さんとの出会いのきっかけになることを祈っています。ぜひ読んでみてください!


 

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