インタビュー 福田進一さん 本と私

連載回数
第27回

面白くて美しくて凄い
選ぶ基準は自分の直感
著者近影(写真)
福田進一さん

イントロ

  

 福田進一さんは25歳の時に パリ国際ギター・コンクールで優勝して以来、世界30カ国以上でリサイタルを開催し、 日本のクラシック・ギター界を牽引してきた。
 同時に教育活動にも力を注ぎ、 その門下からは鈴木大介氏、村治佳織氏、大萩康司氏など 多くの才能が開花した。現在に至るまで発売したCDはじつに90枚以上にのぼる。
 その福田さんの最新作が平野啓一郎氏の小説『マチネの終わりに』とのコラボレーションCDだ。小説に登場する楽曲を収めた一枚は、 新しい形のコラボレーションと注目を集めている。実は、小さい頃から大のSF小説好きと語る、 その音楽と小説の共通点とは何だろう。


音楽家と作家の対話 
紡がれた一冊と一枚

──15万部を突破した平野啓一郎の恋愛小説『マチネの終わりに』。主人公のクラシック・ギタリストのモデルとなったのが福田進一さんだ。

 平野さんとは十数年前にストックホルムで知り合いました。お互いパリ在住経験があるという共通項もあり、親しくさせていただいています。ある日、「福田さんのバッハのチェロ組曲第3番を聴いて感動しました。新聞で小説の連載が始まるんですが、主人公をクラシック・ギタリストにしたい。お話を聞かせてください」と。音楽のなかでも地味な世界なので、ギターで大丈夫かなと思いましたが、私の家で、明け方までさまざまな話をしたんです。平野さんはメモも取らず帰ったんですが、その後、その夜の僕の話や情報が小説の細部に生かされていて驚きました。パリ国際ギター・コンクールで優勝したという僕の経歴の数々、住居の様子なども描かれています。ただし、僕はこの小説のようにドラマティックな人生でもないし、激しい恋愛もしていませんけどね(笑)。

──作中に登場するギター曲を収めたCDも制作。小説の軸に沿って曲が収録されるという面白い試みだ。

 作品の主人公は40歳前後なので、僕の当時の演奏を使ったり、新録音のヴィラ=ロボスの「ガヴォット・ショーロ」のように、平野さんから小説のイメージに合わせて「こう弾いて欲しい」というリクエストもありました。CDを聴くことで小説をさらに立体的に楽しめる構成になっています。以前は、小説家の文章の中で演奏シーンが出てくると「この人、音楽がわかってないな」と感じることが多かったんです。でも、平野さんの作品は違う。僕が喋った音楽の大きな枠組みを背景に、平野さんが想像力を存分に羽ばたかせて、まるで自分が演奏するように描いている。主人公がコンサート途中で止まってしまうところの心情などは、本当にリアルでした。そういえば、最近読んだ恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』は、別の意味で作家の観察力に驚きました。ピアノコンクールを舞台にした青春群像小説ですが、相当なリサーチの上で第三者的な視点で音楽を描き切っていて、凄いです。

──ギターの名手としても知られる推理作家・逢坂剛氏とは30年以上にわたり交流している。

 逢坂さんは中央大学のギタークラブ創設者のひとりで、フラメンコ愛好家なんです。先生に会えば、いつもギターか、映画の話をしている(笑)。彼の作品『あでやかな落日』のなかで、主人公がバーのマスターに「福田進一の、ヴィラ=ロボスのギター曲全集」を、ぜひ聞いてみたいねと語るシーンがあって。 私が34歳の時に出したブラジルの作曲家の作品集に感銘を受けて書いてくださったんです。

──福田さんの音楽との邂逅は10代前半にまで遡る。

 大阪の堺筋、ユリノキ並木にあるピアノ屋さんの前に繋がれた犬の頭を撫でてから、毎朝学校に行っていたんです。ある日、店のおばさんが出てきて「ピアノを習わない?」と。でも、ピアノ・クラスは女の子ばかりだったから嫌になって、途中からギターに移りました。こちらは大人の世界で、弾くほどに、楽器の魅力にのめり込んでいきました。

パリで日本語に飢え
SFを読んで衝撃を

──一方で、小さい頃からSF文学好きだったとも話す。

 僕が産まれた日、親父はジュール・ヴェルヌのSF冒険小説『海底二万里』の映画のクリスマス・ロードショーを観に行っていたらしいんです(笑)。僕も10歳の時に、そのリバイバル上映を観ました。星新一、小松左京、筒井康隆を読破したあと、中学・高校時代は20巻以上あるジュール・ヴェルヌの全集をずっと読んでいましたね。親父が文学を好きだと思ってくれたのか、四十数巻もある日本文学全集も買ってくれた。純文学は、坂口安吾のファンでした。「堕落論」や、宮本武蔵のことを書いた「青春論」の口調が好きでした。安吾の推理小説『不連続殺人事件』にも衝撃を受けました。僕はエンターテインメント小説が書けない人は純文学もできないと思っている。それはもちろん、古典ができなければ現代音楽も同等にできないという、自分の音楽観に共通しているものです。

──そんな原体験からパリでギターを勉強したいという想いが強まった。

 当時、日本の音楽大学にはギター専科がなかったので、普通大学に入りましたが、2年で中退し、パリ・エコールノルマル音楽院へ入学しました。周囲には反対されたけれど、留学して良かった、と心から思っています。留学時代はインターネットもなかったので、日本語に飢えていたんです。パリに開店したばかりのジュンク堂書店に通いつめていましたね。アシモフ、ハインライン、クラークを読破したあと、J・P・ホーガンの『星を継ぐもの』と出逢ったんです。ものすごい想像力だと、衝撃を受けました。この作品は、純粋に推理だけで読者を引っ張っていく。そのプロットに惚れ惚れしました。それ以降、『ガニメデの優しい巨人』、『創世記機械』、『未来の二つの顔』などホーガン作品はほとんど読んでいます。

脳の凝りをほぐす
読書は欠かせない

──7年9ヶ月のパリ留学を経て、帰国。そして鈴木大介氏、村治佳織氏、大萩康司氏など新しい才能も発掘した。

 パリでは先端の音楽や技術が求められていたのに、日本はそうではなかった。個人で完結する楽器なので人付き合いであまり苦労はなかったけれど、新しいギター音楽を理解してくれる人がいなかった。ならば下の世代に理解者を作ろうと考えたんですね。当時、ヨーロッパと日本の技術には大きな差があったので、僕に習いたいと希望する若者は多かった。しかし才能があり、責任を持って教えられる子しか選びませんでした。だから僕は、彼らが持っていた才能を壊さないようにと心がけていただけで、才能を産み出したつもりは全然ないんです。

──日本では80年代まで注目されなかったピアソラにいち早く挑むなど、その活動は常に話題を呼んできた。

 どんな曲を弾くかは直感で決めます。面白いか、面白くないかは僕にとってはとても重要なこと。それは小説を選ぶ時も同じです。僕は根っから関西人なので、直感的に「おもろいな」と感じたものを信じます。英語で言えば「interesting」か否か、ですね。そういう意味で、バッハの音楽は面白いし、美しいし、必要なすべてを内包しているからやはり凄いと感じます。

──60歳を過ぎてからは、本をiBooksにダウンロードして読むのが習慣だという。

 楽譜と本を持って旅するのは辛いので、iBooksは本当に便利で重宝しています。最近読んだのはテッド・チャンの『あなたの人生の物語』です。この作品を基にした映画「メッセージ」を見逃したので。SFはその物語を紡ぐ作家への敬愛もあるし、いい意味で逃避できるんですよ。  
 バッハはどんな意図でこの楽譜を書いたのかと想像したり、その結果どう弾いたらいいかなど、僕は日々、常に音楽のことを考えているわけです。そうすると、脳が凝ってくる。僕にとって本は、その凝りをほぐしてくれるもの。料理作りもそうですが、仕事とまったく違うことをすると脳がリセットされますよね。その意味でもSF小説は、僕にとっては欠かせないもの、とそういえるのです。

(構成/鳥海美奈子 撮影/常盤武彦)
インタビュイー名
 

インタビュイー肩書
 

プロフィール

福田進一(ふくだ・しんいち)
1955年大阪府生まれ。77年に渡欧、パリ・エコールノルマル音楽院卒業。イタリア・キジアーナ音楽院にてオスカー・ギリア氏に師事。81年パリ国際ギター・コンクールで優勝。平成15年度第58回文化庁芸術祭賞優秀賞、平成19年度外務大臣表彰を受賞。平成23年度第62回芸術選奨文部科学大臣賞をギタリストとして初めて受賞。8月18日~20日、東京・HAKUJU HALLで行われる「第12回Hakujuギター・フェスタ」に出演。

〈「STORY BOX」2017年8月号掲載〉
芦沢央『貘の耳たぶ』が描く切なすぎる「事件」。著者にインタビュー!
翻訳者は語る 関口英子さん