今月のイチオシ本【警察小説】香山二三郎

『巡査長 真行寺弘道』
榎本憲男
中公文庫

 日本の映画監督とミステリーといえばまず思い浮かぶのは巨匠黒澤明だろう。『羅生門』を始め、扱うジャンルも謎解きものからノワール、社会派サスペンスまで多彩だった。警察ものにもエド・マクベインの八七分署シリーズを原作にした『天国と地獄』があるが、残念ながら黒澤自身、小説は執筆しなかった。

 しかし昨今の映画監督は小説にも前向きで、本書の著者も監督、プロデューサーとして活躍する傍ら、小説を執筆。前作『エアー2.0』は大藪春彦賞の候補にもなった。本書の解説で評論家の北上次郎は榎本作品について、物語がどこへ向かうのかわからない「ヘンな小説」だと評しているが、今回は基本オーソドックスな捜査小説作法に則っている。

 真行寺弘道は警視庁捜査一課の刑事。五三歳になるが万年ヒラの巡査長だ。といっても、無能なわけではなく、課長の水野玲子警視にも一目置かれる腕利きなのだが、ワケあって昇進を拒否しているのだ。八王子の老人介護施設で起きたロボットの暴走による入居者変死事件の捜査にも貢献して見事解決に導く。

 それというのも、ロックファンでオーディオマニアの彼が秋葉原で偶然知り合った自称ハッカーの黒木のおかげ。黒木はその豊富な電脳知識を活かし、続いて起きた衆院議員・尾関一郎殺しの捜査にも協力することになる。

 長髪でリュックを背負い、ジーンズ穿きという真行寺は、外見からしていかにもアウトサイダーだが、その一匹狼ぶりは現場でも知られていて、捜査に支障をきたすことはない。変わり者ではあるし、異色の相棒ものではあるが、「ヘンな小説」色は希薄かも。ただ、いかにも趣味に生きている男らしく、ロックやオーディオに浸る場面は随所に出てくるし、後半尾関殺しの真相が明るみに出始めると、"自由"にこだわる彼の生きざまが前面に押し出されてくるのだ。

 果たして彼は、組織のしがらみや政治的忖度などとは無縁な警官人生をまっとう出来るのか。後半の先の読めない展開はなるほど北上評の通りで、並の警察小説にはない独自のテーマ追求に注目!

(「STORY BOX」2018年5月号掲載)

(文/香山二三郎)
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