今月のイチオシ本 【ミステリー小説】宇田川拓也

『虚像のアラベスク』
深水黎一郎
角川書店

 帯に「舞い乱れる超絶技巧」という、なんとも本格ミステリーファンをわくわくさせる惹句が記された、深水黎一郎『虚像のアラベスク』は、中編ふたつと掌編で構成された書き下ろし作品だ。『エコール・ド・パリ殺人事件』、『トスカの接吻』などで活躍した"芸術探偵"神泉寺瞬一郎と伯父の海埜警部補が登場し、謎解きに挑む。

 一話目「ドンキホーテ・アラベスク」は、名門バレエ団に届いた脅迫状をめぐる一編。創立記念公演『ドン・キホーテ』の中止を要求された直後に、よりによって海外からの要人がその公演を観劇することに。警護を担当する海埜警部補は、瞬一郎とともに任務に備えるが……。

 二話目「グラン・パ・ド・ドゥ」は、旅から旅を続ける"踊り子"たちの公演を控えたある日、社長が大きな和箪笥の下敷きになって圧死した状態で発見される。捜査に当たる海埜警部補は、この事件の前に起こった"踊り子"の装身具盗難事件に目をつけ、事情聴取を進めていく。すると……。

 本作には、あるサプライズを成功させるために、「そこまでやるか!」と仰け反るような趣向と一級の技巧が惜しげもなく投入されている。なかでも注目すべきは、なにを伏線としてどのように駆使しているか──であろう。読者が本作を手に取り、読み進めていく過程で抱くはずの先入観は、ことごとくその驚きのために利用される。この恐るべき周到さには本格ミステリーファンなら感嘆すること必至だが、ひとによっては「何なんだこれは……」と唖然としてしまうかも。

 加えて、最後に用意された掌編「読まない方が良いかも知れないエピローグ 史上最低のホワイダニット」が、これまた一度読んだら忘れようにも忘れられないインパクトで、この特殊すぎる動機は永く語り継がれることだろう(これを誰にも話さないでいられるものか!)。

 日本推理作家協会賞短編部門受賞、本格ミステリ大賞候補選出、「2016本格ミステリ・ベスト10」国内第一位といった輝かしい経歴を誇る著者の「舞い乱れる超絶技巧」を、とくと味わうべし。

(「STORY BOX」2018年5月号掲載)

(文/宇田川拓也)
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