今月のイチオシ本 【ミステリー小説】宇田川拓也

『月の炎』
板倉俊之
新潮社

 小学五年生の一ノ瀬弦太が授業の一環として皆既日食を観察してからほどなく、同級生──森川茜の家が火事になり、さらに学校の兎小屋も燃えてしまう。何者かの放火を疑う弦太は、学級図書で読んだ「ちびっこ探偵」シリーズよろしく、仲間たちと犯人探しに乗り出すが……。

 こう書くとジュブナイルのように思う向きもあるかもしれないが、板倉俊之『月の炎』は、誠実な筆致の少年小説にミステリー的な仕掛けを丁寧に組み込んだ、世代を問わずオススメしたくなる作品だ。

 本作の美点のなかでも特筆すべき三つを挙げると、ひとつ目は芯のとおった弦太の人間的魅力だ。弦太は、二年前に火災現場で殉職した消防士の父が生前口にしたふたつの教えを遵守する少年なのだが、彼がクラスメイトや母親に向ける気遣い、垣間見せる思慮深さに、読者は大いに惹きつけられることだろう。

 ふたつ目は、細やかに配される、少年時代ならではの思わず頬が緩んでしまうユーモアや温かな描写だ。公園の水飲み水栓の悶絶するほど強烈な勢い、おにぎりの梅干しが美味いか不味いかの不毛な議論、下の名前で呼び合うことになった仲間のうれしそうな表情など、こうしたひとつひとつの小さな積み重ねが、本作が血の通った物語へと昇華することに大きく貢献している。

 そして三つめは、仕掛けのフェアで効果的な使い方とラスト三十ページで明らかになる真相の輝きだ。読み手に大きな驚きをもたらすには、いざ反転させるまでに、いかに頭のなかに真の絵柄とは異なる絵を想像させられるかが勝負となるが、子供の幼い弱さが物語に影を落とす──と見せかけて、板倉俊之は鮮やかな手際で物語の実像を披露してみせる。サプライズを経て示される、切なる想いを秘めて孤独な戦いに挑む勇敢さは、多くの読者の胸を熱くさせるに違いない。

 著者は、お笑いコンビ「インパルス」のひとりとして広く知られ、小説家としても二〇〇九年からキャリアを重ねている逸材だ。本作を機に、小説家・板倉俊之の才能が全国的に知れ渡ることを、心から願ってやまない。

(「STORY BOX」2018年4月号掲載)

(文/宇田川拓也)
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