国会議員基礎テスト
第二十五回

 そんなことがあって暫く経ったころ、また友麻から連絡があった。コールしたのに優太郎から返答がないという。

「何時間前の話ですか」 

 友麻は「二時間前」と答えた。

「近ごろ議員は、忙しいんですよ」 

 呆れながら真菜が諭した。たかだか二時間で、しびれを切らすなんて。

「でも、前はすぐにコールバックしてくれたの。五分も経たないうちに」

「この間、新藤さんのメッセージを伝えた時、議員は自責の念にかられていたようでしたよ」 

 リップサービスでもなんでもなく、優太郎は友麻のことを気にかけていた。

「ホント?」 

 電話の声が、弾んだ。

「ええ。ですから、もう少し待ってみては如何ですか。きっと連絡があると思いますよ」 

 TVバスターは、その日の晩放映された。優太郎にとって、初のテレビ出演である。 

 ひな壇中央に、優太郎は収まっていた。隣に座っている、現在売り出し中のイケメン俳優と比べても、遜色のないルックスである。 

 早くも、ツイッターなどで「あのカッコイイ人は誰?」などとつぶやいている輩が出て来た。 

 目だつ外見をしているとはいえ、所詮、一介の新人議員。知る人ぞ知る存在だったということがわかっただけでも、テレビで顔をさらした甲斐はあったのだろう。 

 内容は、今週一週間に起きたニュース映像を見ながら、各人がコメントしていくという、ありきたりなものだった。時事問題もあるが、芸能ゴシップや事件報道もある。 

 VTRが件の号泣県議やトンズラ県議の醜態を曝すと、つい最近、青年実業家と結婚して、世の男性たちを失意のどん底に陥れたばかりの美人女子アナが、優太郎に政務活動費のことを質した。

「政務の正当な活動のために、使われる税金です。使途もきちんと、開示しなければいけない。ポケットマネーと勘違いしている地方議員がいるのは、まったくもって由々しきことです。わたしは国会議員ですが、同じ議員として恥ずかしいですね」 

 優太郎が当たり障りのない返答をすると、女子アナは芝居じみた様子で「まったくですよねえ」と頷いた。 

 おそらく優太郎は、政務活動費は地方議員にだけあるもので、国会議員にはその代わりに、文書通信交通滞在費というものが支給されていることを、知らないだろう。そして、この文書通信交通滞在費には、使途報告が義務付けられていないため、地方議員のやっていることを責められないほど、私的流用がまかり通っていることも、知らないはずだ。

「それでは、次のVTRはこれです」 

 真菜は胸を撫で下ろした。思った通り、ひとつの話題に深く斬り込むようなことはしない番組構成だ。弁護士は、芸能人の離婚訴訟には二言三言しかコメントをしないし、現役の医者も、病に倒れた有名人の健康管理について、一般論しか述べない。 

 これなら、たとえ優太郎が、政策や政局のことを訊かれても、なんとか切り抜けてくれるだろう。新聞の小見出しのようなことをいうだけでいいのだ。 

 翌週の番組でも、優太郎は無難に自分の役をこなした。世間の評判も上々で、SNSなどでも話題に上った。一時期は荒れた巨大掲示板も、めっきりおとなしくなった。

「まあ、なかなかコメンテーターも様になってるね」 

 受話器の奥から聞こえる立花の声は、弾んでいた。 

 ところが、それから間もなく事件は起きた。 

 コンビニで飲み物を物色していた真菜は、書籍の棚で、とんでもないものを発見した。

「人気女子アナの不倫相手は、あのイケメン議員!」 

 週刊誌の表紙には、こんなタイトルの文字がデカデカと載っていた。吸い寄せられるように週刊誌を手に取り、ページを捲った。 

 巻頭カラーで出て来たのが、男女の路チュー写真だった。男はどう見ても、優太郎。女のほうは、つば広の帽子を被り、大きなサングラスを掛けているが、TVバスターでアシスタントを務めている既婚の美人女子アナ、紺谷恵美であることは明らかだった。 

 写真は、よくこんなシャッターチャンスを狙えたものだと驚くほど、唇の接触を鮮明に捉えていた。それとも、単なるフレンチキスではなく、長時間濃厚な抱擁をしていたということなのだろうか。 

 次のページを捲って、真菜は頭を抱えた。 

 二人がホテルに入る瞬間を捉えた写真だ。これでは申し開きのしようがない。どこからどう見ても、不倫カップルではないか。 

 バッグの中で、スマホが振動していた。立花からだった。

「いったい、どういうことなんだ」 

 立花の声は、裏返っていた。

「わたしも、寝耳に水で。たった今、週刊誌の記事を見たばかりです」

「本当のことなんだろうな」

「よくわかりませんが……おそらく」 

 友麻から何度も電話がかかってきたのは、やはり彼女自身、女の勘が働いたからだろう。

「ボンには連絡がついたのか?」 

 立花は先ほどから優太郎に連絡しているが、出ないのだという。 

 事務所に戻ると、電話の音が鳴り響いていた。優太郎も橋本も不在だ。出ると、党執行部の人間だった。彼も不倫記事を読んだのだ。事実関係が知りたいと、興奮した声で問い詰められた。

「ただいま確認中です」

「困るんだよな、こういうのは」 

 折しも臨時国会が始まったばかりで、大臣たちの不祥事がやり玉に挙げられている。一回生議員とはいえ、知名度抜群の優太郎と、人気ナンバー1女子アナの不倫騒動は、大臣の香典の話なんかより、確実に世間の耳目を集めるはずだ。

 それに紺谷アナの義父は、有名なホテル王だ。自由民権党に毎年、莫大な額の献金をしている。息子の嫁を、自由民権党の国会議員に寝取られたのだから、心中穏やかではいられないだろう。

 しかし、事態はこれだけに留まらなかった。

 同じ週刊誌の翌週の号で、A子と名乗る人物が、手記を発表した。タイトルは「わたしは、こうして黒部優太郎に騙されました」。 

 出会ってお互いすぐに恋に堕ち、将来を誓い合った仲だったのに、見事に裏切られた。式場や、ハネムーンの場所も決めていたのに、まさか二股をかけられていたなんて。おまけに相手が既婚女性だったなんて、信じられない。そんなに不誠実な人間とは知らなかった。騙された自分が、情けない……。

 誰が書いたかは明らかだった。新藤友麻だ。

 さすがにここまで来ると、世間はバッシングに回った。一時期はおとなしくしていた掲示板も、再び活況を取り戻し、優太郎を叩き始めた。

 優太郎を好意的に捉えていた女性層も、事件をきっかけに、アンチに転向した。SNSなどで、失望した、もう支持しないと嘆く声が、頻出した。

 永田町議員会館の電話は連日鳴り続け、栃木の事務所にも、マスコミが大挙して押しかけた。国会では、大臣の不祥事などそっち除けで、この事件が追及された。

 消費税、農業改革、社会保障の見直しと、話し合うことは山ほどあるのに、なぜこんな茶番を何時間も繰り返すんだと、識者たちは憤怒したが、自由民権党を何とか権力の座から引きずり下ろしたい野党連合は、攻撃の手を緩めなかった。

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