国会議員基礎テスト
第二十四回

 事務所の電話が鳴った。真菜が受話器を取ると、若い女の声が聞こえてきた。新藤友麻だ。優太郎の彼女で、都内のデパートに勤務している。

「今日の、黒部さんの予定はどうなっていますか?」 

 なぜ、そんなことを訊くのかと、訝しく思いながら「外出中です」とだけ答えた。通常国会が閉会したとはいえ、優太郎も真菜もまだ議員会館の事務所に残っていた。

「どこに外出中ですか」 

 友麻の声が不機嫌そうに尖った。しかし、詳細を教えるわけにはいかない。

「じゃあ、誰と会ってるんですか」 

 友麻がしつこく食い下がった。

「それも、残念ながらお答えできないのです。直接、連絡はされていないのですか」

「電話してるけど、なかなか捕まらないんです」 

 こんなことが栃木の事務所にいたころにもあった、とため息をついた。

「とにかく、優ちゃん、いえ、黒部議員に、わたしにコールバックするよう、伝えておいてください」 

 ガチャリと電話が切れた。 

 暫くすると、優太郎が事務所に姿を見せた。

「先生、どちらにいらっしゃったんですか」 

 新藤友麻から連絡があったことを告げるや、「あっ、ヤバい」と慌てて、優太郎がスマホを取りだした。 

 通話アイコンを押し、暫く画面を耳に当てていたが、やがてため息とともに、スマホをポケットの中にしまった。

「出ないんだよー。嫌われちゃったのかなあ」 

 嵐の海に落ちた子犬のように、情けない顔をするので、真菜は思わずプッと吹き出してしまった。

「どちらに行ってたのですか」

「ちょっと取材の打ち合わせでさ」 

 取材? そんな話は、聞いたことがなかった。

「橋本さん経由で依頼があった件だよ」 

 民放キー局・新日本テレビの情報バラエティーに、レギュラーとして出演依頼が来ているという。

「TVバスターって番組なんだけど、知ってる?」 

 TVバスターなら毎週観ている。政治、経済の他、芸能や事件、スポーツなども扱う、人気情報バラエティーだ。コメンテーターには、医者や弁護士、IT企業経営者などが名を連ねるが、お堅い番組ではない。現役の政治家がレギュラー出演するのは、おそらくこれが初めてのはずだ。 

 橋本経由というのが、解せなかった。 

 優太郎のことはこちらに任せていたのに、なぜいきなりこんなものをアレンジしたのだろう。おまけに、橋本からは事前になんの連絡もなかった。

「党の広報部は、このことを知っているんですか」

「さあ。でも、その辺はきっと、橋本さんがうまくやってくれてるよ。それに、何をやるにも、いちいち党に相談しなきゃいけないなんて規則はないからね」 

 確かにそうだ。何をやるにも、すべて党にお伺いを立てていたら、国民の代表とは言い難い。

「テレビって、面白そうだね」 

 優太郎は、乗り気な様子だった。

「もう、録画撮りとか、されているんですか」

「今は、スタッフや出演者と、打ち合わせをしている最中だよ」

「台本とか、あるんですか」

「いや。全体の流れはあるけど、各人の台詞までは決められていないよ。それをやったら、ヤラセになっちゃうからね」 

 優太郎が事務所から出て行くと、真菜は橋本に連絡を入れた。電話に出た橋本は、「まあ、たまには先生の広報活動のために、働かんとね」などと嘯いた。

「杉本ばかり働かせちゃ悪いと思ってさ。いや、きみはとてもよくやってるよ。杉本が優秀で、仕事もすぐに覚えてくれたから、おれも少し気を抜くことができたわけだし」 

 橋本が見え透いたお世辞をいった。

「本件に関しては、おれが受け持つから、少しのんびりしろよ。国会も終わったことだし」 

 橋本との会話を終えると、返す刀で立花に連絡を入れた。

「まあ、テレビ出演すれば、知名度は上がるっていうけどねえ……」 

 立花もあまり歓迎はしていない様子だった。

「橋本くんが持ってきた案件なら問題はないと思うが……」 

 その橋本さんが信用できないんですと、口許まで出かかったが、さすがに飲み込んだ。おそらく立花も、同じ思いではなかっただろうか。

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