国会議員基礎テスト
第二十一回

 黒部優太郎で検索すると、以前よりネガティブな記事が目立つようになったと、橋本繁はほくそ笑んだ。 

 この間の討論会が、トリガーとなった。さらに先日は、国会見学で小学生相手に恥をさらしたらしい。おれが画策したわけではないのに、放っておけば勝手に自滅の道を進んでくれる。 

 さらに相変わらず、臆面なく女性誌の取材などを受けるから、政治家としての評価は下がる一方だ。タレントじゃないんだから、政策に専念しろと、当たり前の論調も目立つようになった。 

 ──みんな、そろそろあいつの正体に気づき始めているな。 

 ふすまが乱暴に開き、無精ひげの男が顔を出したので、橋本は見ていたスマホをお膳に置き、立ち上がろうとした。

「橋本先生、お気楽になさってください。遅くなって、すみません。道が大層、混んでおりまして」 

 黒部優太郎の後援会「黒優会」の会長、箕輪修三がぺこぺこ頭を下げながら、橋本の正面に座った。いつの間にか、橋本さんから、橋本先生に呼び名が変わっている。 

 栃木県X市にある高級料亭。地元では大手の土建会社を営む箕輪と、こうして二人きりで密談するのは三度目だった。

「先代のご様子は、いかがですか」 

 箕輪は、優吾の代からの後援会長だ。会う機会が減ったため、心配しているという。

「わたしも、近ごろはお会いしていませんが、かんばしくないようですね」 

 優吾はめっきり老け込んでしまったと聞いている。無理もない。週に何度も人工透析を行い、強い薬物も飲んでいるのだ。かつてのような指導力は、もはや期待できない。

「ボン、いえ、優太郎先生のほうは? ご無沙汰しているもので」 

 黒優会は、優太郎の後援会であるにも拘わらず、近ごろ集まりが悪いという。会長の箕輪自ら、積極的に動かないので、当然といえば、当然だろう。

「相変わらずですよ」 

 わざとそっけなくいうと、箕輪が目を細めた。

「橋本先生も、ご苦労なさってるようですね」 

 永田町で、優太郎の御守りは大変だろうと、暗にねぎらっている。だが橋本は、もう優太郎のフォローなどしていない。すべて杉本真菜に押し付けた。 

 それに、長かった通常国会は、閉幕したばかりだ。しばらくの間、自由に使える時間はふんだんにある。

「わたしは、苦労なんてしてませんよ。ご苦労なされているといえば、立花さんでしょう」

「あの方も大変でしょうな。この間、偶然駅でお見かけしましたよ。腰を痛めたって、いってたなあ。歩くのも辛そうで。そろそろ隠居されるんですかねー」

「もうお年ですから。新しい公設秘書を雇って、徐々に業務を移管しているようですよ」 

 優吾は病に臥し、立花は半分引退している。親の威光と、経験豊かな参謀のサポートを失った優太郎など、まるで無価値であることを、箕輪はよくわかっていた。

「ところで、先日は、格別のご高配を賜わり、ありがとうございます」 

 箕輪が居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「ご満足、されましたか」 

 薄くなった後頭部を見ながら、尋ねた。

「はい、それはもう、本当に助かりました。橋本先生のおかげです」 

 公共工事の口利きをした。市議会や、役所には知り合いがいる。何も知らない優太郎の手などを煩わせなくても、物事を動かすことはできる。橋本の尽力により、箕輪の会社は、莫大な利権を手に入れた。

「これは、お礼といっては何ですが」 

 箕輪が鞄の中から、分厚い封筒を取りだした。

「いえ。礼には及びませんよ」

「そんなこといわず、お収めください。困ります」

「わかりました。それではいったん、預かっていただけますか」 

 箕輪が、キョトンとした目で橋本を見た。

「しかるべき時に、箕輪さんとお仲間の方々には、お世話になると思います。その節は、どうかひとつ、よろしくお願いします」 

 箕輪の瞳が、クルリと一回転した。

「なるほど……わかりました。何でもお申し付けください。できる限りのことは、させていただきますよ」 

 箕輪が黄色い歯をむき出し、ニヤリと笑った。

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