国会議員基礎テスト
第二十回

 全員が席に着き、程なくすると、ピンストライプの細身のスーツを着た優太郎がさっそうと現れた。 

 拍手で出迎えられた優太郎は、舞台役者のように挨拶をすると「みんな、見学は楽しかったかな」と、子どもたちを見回した。

「楽しかったです」「凄かったー」「お城みたいだった」。子どもたちは、各々の思いを口にした。

「そうか。ところで国会というのは、何をやるところか、みんな知っているかな」 

 はい、はい、はい、と活発に手が挙がる。

「法律を作るところです」 

 指された男の子が、得意顔で答えた。

「そうだね、法律を作るところだ。これを立法と呼ぶ。国会は、立法府だ、日本には立法府だけではなくて、行政、つまり役所や、司法、つまり裁判所というものもある。裁判所は何をするところか、知っている人、手を挙げて」 

 児童たちが、また元気よく挙手した。 

 優太郎は、子どもたちの心を虜にしていた。下手な学校の先生より、授業がうまいかもしれない。 

 日本の統治機構について優太郎が語りだすと、皆、真剣な顔をして聞き入った。部屋の隅でこの光景をニンマリしながら見ていた真菜は、早くも、今回の見学は大成功だったと、立花に報告しようと考えていた。

「──というのが、政府の役割です。さて、みんな、ここまでで何か質問はないかな」 

 一番前の列に座っていた、赤い縁の眼鏡をかけた女の子が、おずおずと手を挙げた。

「国会議員と官僚って、どっちが偉いんですか?」

「どちらが偉いというのは、ないよ。役割が違うだけだ。国会議員が法律を作り、官僚がそれを実行する」

「でも、法律を作るのが国会議員なら、官僚より偉いんじゃないですか」 

 眼鏡の女の子は、優太郎というより、同級生に同意を求めるように、後ろをふり返った。

「うん。偉いのは国会議員だ」

「そうだよ。官僚は法律を実行しているだけなんだから」

「国民の代表だもんな」 

 児童たちが、各々意見をいった。

「だけど、うちのお父さんは、官僚が一番偉いっていってます。官僚は頭がいいから、実際に政治をやってるのは、官僚だっていってました」

「それ、うちのお父さんもいってた。政治家は官僚がお膳立てしたことに、はいはいって、従ってるだけだって」 

 女の子に釣られて誰かが発言すると、クスクスと笑う声が、そこかしこから聞こえて来た。

「いや、それはちょっと違うんじゃないかな。ぼくらは選挙で選ばれた国民の代表だから、そんないい加減なことはできないよ」

「でも、例えば学校で一番偉いのは校長先生でしょう。校長先生って、選挙で選ばれるわけではないですよね」 

 眼鏡女子が質問を続けた。

「校長先生の例は、あまり適切ではないね。例えば学級委員はどうだろう」 

 優太郎が優しく女の子を諭した。

「学級委員は選挙で選ばれますけど、学級委員なんて、ちっとも偉くないです。偉いのは先生で、その中でも一番偉いのは校長先生じゃないですか。校長先生は、先生の中で一番経験があって優秀だから、校長先生になれたんじゃないですか? 会社だってそうでしょう。会社の社長は選挙では選ばれません。優秀だから社長になるんでしょう」

「う~ん、まあ……それはそうだけど」 

 女の子の隣に座っていた男の子が「はい」と挙手をし、指される前に立ち上がった。こちらも眼鏡をかけた、利発そうな男の子だった。

「ぼくも、優秀な人間がリーダーをやるべきだと思います。でないと、みんな馬鹿にしてついてこなかったり、舵取りを間違えて、みんなを間違った方向に導いたりしてしまうからです。だから、勉強でいい成績を取った人間が、国のことを仕切るべきだと思います」

「あたしも、そう思います」 

 女の子が眼鏡男子をふり返り、大きく頷いた。

「おれ、佐藤が物決めたら、素直に従うぜ」 

 後ろの席に座っていたスポーツ刈りの児童が、眼鏡男子の背中を拳で小突いた。眼鏡男子が佐藤くんなのだろう。

「やっぱ、頭いいやつに決めてもらったほうが、安心だもん。何かあっても、ちゃんと解決策考えてくれそうだし」

「それは、当たり前だよー。バカにリーダーはできないじゃん」

「そうだよな。バカなやつは、勉強しない怠け者なんだから、そんなやつがリーダーやったら絶対おかしくなる」

「佐藤は頭がいいから、リーダーで決まり」

「じゃあ佐藤は将来官僚か?」

「いや、国会議員だろう」 

 児童たちが、ざわめきだした。

「黒部先生は、どう思われますか」 

 眼鏡の女の子が、優太郎に質問を投げかけた時、場内は水を打ったように静まり返った。

「あたしが、知りたいのは、優秀なのは官僚なのか、それとも国会議員なのかってことなんですけど」 

 女の子はしつこく、似たような問いかけをした。

「それは、さっきもいったと思うけど、ぼくらの役割は違うから……」 

 段々雲行きが怪しくなってきた。

「でも、先生はさっき法律を作るのが国会議員で、従うのが官僚っていってました。だから、普通に考えれば国会議員のほうが頭がいいと思うんですけど、違うんですか? うちのお父さんのいってることが、間違ってるんじゃないですか」

「残念ながら、そうともいいきれないんだよね」

「よくわからないんですよね」 

 佐藤くんがギロリと優太郎をにらんだ。

「学校とか会社は、わかりやすいです。一番優秀で経験のある人が、トップになるわけですから。ぼくも頑張って勉強して、いい大学行って、いい会社に入って、出世して、社長になろうって目標が描けます。だけど、国のやってることだけは、わからないです。頑張って勉強して官僚になっても、官僚より頭の悪い国会議員に使われるってことですか?」

「いや、だからまあ……優秀であればいいというわけでもないんだよ」

「じゃあ、あたしたち子どもは、勉強なんかしなくても、いいってことですか?」 

 今度は眼鏡女子が、目を剥いた。

「いや、そんなことはいってない。ぼくらは国民に選ばれた人間だから、官僚とはシステムが違うんだ」

「でも、優秀じゃない人間が間違って選ばれちゃったってことも、起きるかもしれないじゃないですか。もし、そうなった場合はどうするんですか? クビにできるんですか?」

「いや、それは……」

「はい、皆さん、そろそろ時間です。黒部先生にお礼をいいましょう」 

 これ以上続けさせるとマズいと思った真菜が、慌てて場を収めた。児童の発言にいっさい口を挟まなかった引率の教師たちが、含み笑いをしながら、優太郎と真菜の表情をうかがっていた。 

 見学会は、失敗だった。立花に、なんと申し開きをすればいいのか。 

 しかしこれは、まだ序章に過ぎなかった。

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