国会議員基礎テスト
第二回

 黒部優太郎。三十三歳。独身。

 与党、自由民権党の衆議院議員。当選一回。

 三世代続く、政治家一族のサラブレッドだ。有名私立大付属幼稚園からエスカレーター式に進級し、大学時代にはモデル事務所からスカウトされたほどの、爽やかなイケメンである。

 選挙に当選するのには「ジバン」「カンバン」「カバン」が必要といわれている。

 ジバンというのは、地盤。つまり支持者や後援会のこと。カンバンは、看板。知名度である。最後のカバンは、鞄。これは政界の隠語で金のこと。政治には金がかかる。

 黒部優太郎には、この「ジバン」「カンバン」「カバン」が生まれながらに備わっていた。

 父は元自由民権党衆議院議員、黒部優吾。祖父も同じく同党衆議院議員で、建設大臣を務めた黒部靖衛。三代続く政治家一家の、看板と地盤は強固である。選挙資金にも不自由することはない。

 父、優吾は、持病の糖尿病を悪化させたことにより、政界を引退。当時、総合商社のニューヨーク支店に勤めていた一人息子の優太郎を呼び戻し、地盤を継ぐよう命じた。

 将来政治家になるというのは、既定路線だった。優太郎自身は、政治に特段興味を持っていなかったが、継げといわれれば素直に従う。

 幼稚園からの一流私立に入れたのは親だし、就職先を選んだのも親である。「若いうちに世界を見てこい」とコネを使って、優太郎を一流商社に入れ、ニューヨークの支店に異動の際にも裏で糸を引いた。

 つまり優太郎の人生のほとんどすべては、優吾により決定づけられていたのだが、反抗心がないのか、天真爛漫なのか、あるいは物事をあまり深く考えないタイプなのか、生まれついた時から現在にいたるまで、親の敷いたレールを踏み外したことはない。

 優太郎は、幼少時からいつも人々の中心にいた。クラスで一番の人気者。テニス部ではキャプテン。大学のゼミでは、担当の教授に特別な寵愛を受け、ほぼ無試験で単位を取得。会社では所属する部署の役員が、毎朝揉み手をしながら挨拶に来る。

 このような境遇にいる者は、自分の人生に深く悩まないのかもしれない。親が勝手に決めた路線であろうが、いつも陽が当たっている場所にいられるのだから。

 

 

 優太郎の政策秘書、橋本繁はブツリと切られてしまった電話を、しばらく無言で握りしめていた。

 こんなところからとっとと抜け出し、南の島へ行って、ハンモックに横たわりながら、ゆっくりトロピカルカクテルでも飲んでいたい。

 ハワイへ行こう。いや、タヒチがいいか。ニューカレドニアも悪くない。

 だが、国会が閉じなければ休暇は取れない。今年の通常国会は、夏ごろまで延長されそうな気配である。

 急にわれに返った。

 委員会はもうすぐ始まる。受話器をいったん置き、すぐに内田議員の秘書に電話をかけた。

「はい、もしもし内田です」

 なんと電話に出たのは、内田衆議院議員その人だった。

 無理もない。半年前の解散総選挙で、無名の新人候補が、まさかの比例当選を果たしたのだ。党のほうでベテラン秘書をあてがったが、こんなド素人の若造に真面目に仕えるはずもない。隙あらばサボって、副業にでも勤しんでいるのだろう。

「黒部代議士の政策秘書、橋本です。いつもお世話になっております。お忙しいところ恐縮ですが……」

 こいつが忙しいわけがないよな、と心の中でツッコミを入れつつ、橋本は慇懃に本題に入った。

「え~っ、マジっすかあ? これで二度目っすよー」

 受話器の奥から素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「申し訳ございません。黒部にはどうしても抜けられない用事ができまして」

「どうしても抜けられない用事って、なんですか?」

 おれが知るかよ、と心の中で毒づきながら、橋本は「後援会の方が緊急で、ぜひ会いたいとのことで」と優太郎の嘘をそのまま口にした。

「ぼく、こう見えても結構忙しいんですけどねー」

 失笑を堪えつつ「申し訳ございません」と頭を下げた。

「黒部は、頼りになるのは内田先生しかいないと申しております」

「しょうがないですねー。じゃあ、出ますよお。だけどこれ、貸しですよ。黒部先生には、今度料亭でおごれって、伝えてもらえますか」

 まるで大学の講義で、代返を引き受ける学生のノリだ。

 礼をいって、受話器を置き、主のいない執務室のソファーにどかりと腰を下ろした。天井をボンヤリと見つめながら、橋本は大きなため息をついた。

 これが国会議員の実態である。

 内田は、優太郎とは違った意味でマスコミの寵児だった。初当選のインタビューで、開口一番「すっげえ給料高くて驚いたっすよー。ポルシェ買いたいっす」とかまして、周囲の人間をあ然とさせたことは記憶に新しい。

 さらに「国会議員ってグリーン車ただで乗り放題っすよ」「高級料亭で接待受けたいですね」「今の家が狭いもんで、早く3LDKの議員宿舎に引っ越したいっす」とバカ丸出しの発言を繰り返し、世間の大いなるひんしゅくを買った。

 マスコミは面白がって内田を追い回し、さらなる失言を引き出すことに躍起になった。やがて、内田のおバカ発言はお家芸のようになり、国民は内田が何かバカなことをいうたびに笑い転げ、拍手まで送るようになった。

 どっちもどっちである。

 政治家を選ぶのは国民。「どんな国家でも、その国民一般の平均水準以上の指導者をもつことはできない」と、精神分析学者岸田秀は述べている。

 国民の民度が低いから、内田という政治家が誕生したのだと、橋本は思う。

 内田が農林水産委員会に出席しても、内容をきちんと理解できているとは思えない。本人も真剣に聴く努力などしないだろう。居眠りしたり、隠れてスマホをいじったりして時間をつぶすはずだ。これでは、委員の差し替えなどしても、まったく意味がない。

 農林水産委員会にテレビカメラが入ることはまれだ。国民の目の届かないところでは、やりたい放題。なにも内田だけが特別なわけではない。ほとんどの議員が似たようなことをやっている。

 こんな連中に、税金の中から莫大な歳費を払っているのだから、国民は本当にバカだと橋本は苦笑いした。

 

 

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