国会議員基礎テスト
第十四回

 真菜が政策秘書の橋本と対面したのは、勤め始めてから一ヶ月ほど経ったある日のことだった。 

 橋本は永田町の議員事務所に詰めていて、週末も東京に留まる。東京近郊で、妻と娘の三人で暮らしているという。元々霞が関勤務の官僚だったと、立花に説明を受けた。 

 栃木の議員事務所を訪れた際、挨拶にやって来た橋本の第一印象は、神経質そうな人。背はそれほど高くなく、色白で痩せ型、額はやや後退している。 

 しかし、第一印象とは裏腹に、橋本は和やかな口調で真菜に話しかけてきた。

「杉本さん、京浜大学だって? 優秀なんだね」 

 真菜は首都圏にある国立大学を卒業している。東大や京大のような超一流ではないが、名門校だ。

「ぼくは、能登大学でさ」 

 橋本と真菜の出身大学は、偏差値的には同じくらいのところだった。

「あそこには確か、藤原って政治学の有名な教授がいたよね」

「はい。わたしのゼミの先生です」

「そうかい? 藤原先生の著書はよく読んだよ。あの人は、政治哲学が嫌いで、政治は過程論で論じるのが正しい捉え方だと言ってるね……」 

 取っ付きにくいという印象だったが、案外気さくな人のようだ。 

 時計の針が十二時を回った時、昼食に誘われた。永田町の様子もいろいろ訊きたかったので、ふたつ返事でOKした。 

 県道沿いのファミレスのテーブルについた時、橋本は開口一番、地元での先生の様子はどうかと尋ねてきた。

「まだ勤め始めて一ヶ月ですし、お会いできるのは、月曜日の朝ぐらいですから……」 

 当たり障りのない言葉で、お茶を濁した。徐々に優太郎の正体がわかってきた時期で、当初のような恋愛感情に近いものは、とっくに消え失せていた。

「でも、有権者の集まりなんかでは、まるでスターのような扱いを受けていますね」

「まあ、王子様だからね」 

 皮肉のこもった橋本の物言いが気になったので、真菜は永田町での優太郎の評判を訊いてみた。

「立花さんには、内緒にしておくんだぞ」 

 橋本が声をひそめ、語りだした。内容については、あ然とさせられるものがあったが、あの優太郎なら、さもありなんと思い直した。

「まあ、国会議員なんて、みんなこんなものだよ。似たり寄ったりだ」 

 食後のコーヒーを啜りながら、橋本がため息をついた。

「ただ、うちの先生ほど、はちゃめちゃなのも、珍しいけどね」 

 くつくつと橋本が笑ったので、真菜も釣られて口許を緩めた。

「事務所の人たちは、そういうこと、ご存じなのですか」

「事務所の人? ああ、こっちの事務所の人たちね」 

 橋本が小馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。

「彼らのこと、わかってるだろう」 

 永田町秘書と、地元秘書の間には、歴然とした差があるということは、真菜も知っていた。地元秘書の多くは私設秘書で、永田町に詰めているのは公設・政策秘書だ。 

 永田町では、議員の代理として、政府の要人や、高級官僚、一流財界人などと接する機会も多い。だから、相応の知識や教養が必要となる。片や、地元秘書が交流するのは、商店街や農家のおじさん、おばさんたちだ。 

 おまけに国会会期中は議員が事務所にいないので、私設秘書は暇を持て余している。お菓子を食べながら、一日中だべっていたり、外出先から戻ってこないと思ったら、日が暮れるまでパチンコをしていたなどという者もいる。

「でも、立花さんは、どうなんですか」

「立花さんは、もちろん知っているだろうけど、あの人は代々黒部家に仕える大番頭だから。うちの先生のことを、少しでも悪く言うやつは、許さないだろうさ」 

 そういう雰囲気があることは、気づいていた。 

 橋本の影響を受けた真菜は、いつか自分も、議員会館で仕事をしてみたいと思うようになった。しかし、当面は無理だろう。 

 おばさん秘書が一時間かけてやる仕事を、真菜なら十五分で仕上げてしまうので、立花は「きみが来てくれて、本当に助かった」と口癖のように繰り返していたからだ。

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