国会議員基礎テスト
第十二回

「今、どちらにいらっしゃいます?」 

 優太郎が告げたのは、事務所から五分とかからない、農地の一角だった。 

 路地を曲がると、背の高い男性と若い女性が、人目もはばからずイチャイチャしている場面に出くわした。 

 なんと、優太郎だった。 

 女性が優太郎の唇にキスをし、小さく手を振りながら去っていく。モテ男というのは心得ていたが、やはりこういうシーンを目撃すると、ショックを禁じえなかった。

「彼女さんですか?」 

 笑顔で話しかけたが、目の下がピクピクと痙攣しているのがわかる。

「んっ? ああ、彼女のこと? よく知らないんだ」 

 よく知らない? 

 この人はよく知らない人間と、キスをしたりするのだろうか。

「支持者の会合で知り合ったっていうんだけど、どうもよく覚えていなくてね。まっ、でも有権者は大切にしなくちゃいけないから」 

 アツアツ場面を目撃した時の衝撃が、すーっと退いていった。この調子で女性と接しているから、事務所にしつこく電話してきたり、直接押しかけてきたりする女が、後を絶たないのだ。 

 それに、いくら周囲に人影がないとはいえ、国会議員が白昼堂々キスをするのは如何なものか。ここは、フランスやイタリアではない。

「それで、さっきから事務所にいらっしゃる、お客様の件なんですが……」 

 真菜が女の容姿をこまごまと説明すると、優太郎は「ああ」と小鼻にしわを寄せた。

「お客様でもなんでもないよ。勝手に向こうが押しかけてきただけだ。だけど、顔を合わせるとやっかいだな。真菜ちゃんが知らせてくれて助かったよ。ぼくは、直接次のミーティングに行くから、適当にあしらっておいてよ」

「えっ? 適当にあしらうって……」 

 真っ白い歯で微笑むと、優太郎はクルリと背を向け、去っていった。

「ちょっと先生、待ってください」 

 後を追いかけようとするも、優太郎はもはや真菜のことなど眼中にないらしく、ずんずんと大股で遠ざかってゆく。ため息をついて、真菜は事務所に戻った。 

 結局女は、その後小一時間ほどねばっていたが、あきらめて帰っていった。女が事務所を再び訪れることはなかった。 

 立花にこの一件を話すと、「まあ、ボンは独身だし、モテるからなあ」と苦笑いした。

「だけど、こういうのって、ちょっとマズくないですか」

「それはそうだ。でも本人には悪気はないんだよ」

「まあ、そうだよね。ボンがああいう性格なのは、みんながわかってるし」

「気持ちの優しい子なのよ。だから、誰にでも親切なの」 

 いつの間にか私設秘書も会話に加わり、優太郎談議になった。 

 優太郎は、秘書たちに好かれている。秘書だけではなく、選挙区民、いや、おそらく大多数の一般国民も優太郎のことが嫌いではないだろう。真菜も彼に好印象を抱いていたから、この職を選んだ。 

 逸材なのだから、この程度のことは大目に見てやろうという空気が、人々の間に蔓延している。黒部優太郎は、得な性格をしていると真菜は思った。おそらく子どものころから、ずっとこのような境遇にいたのだろう。

「でもまあ、そろそろ控えてもらわんとなあ。もう民間企業のサラリーマンじゃない。国会議員なんだから」 

 最後に立花が締めくくった。

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