国会議員基礎テスト
第十回

 着任早々、伝票のチェックを任された真菜は、とある県会議員に莫大な金が流れていることに驚いた。 

 費目には、調査費とある。同じ自由民権党員である県会議員の事務所に、何らかの調査を依頼したのだろうか。それにしては額が多すぎる気がする。立花に質問すると「ああ、それか」と苦々しい顔をした。

「まあ、ゆすられたんだ」

「ゆすり?」 

 ゆすりとは穏やかではない。いったいどういうことなのか。

「この県会議員は当選を重ねたベテランなんだ。いずれ国政に出たいという野望を持っていた。ところが、X区の自由民権党選挙支部長をやっているのはうちだろう。うちが退かなきゃ、彼は小選挙区での立候補ができない」 

 解散総選挙が噂されるころから、県会議員は周囲の人間に、今度こそ自分は国政を目指すと吹聴して回っていたのだという。

「優太郎くんが地盤を引き継ぐことは、先方は薄々知っていたのだろうが、腹の虫が治まらなかったのだろうな。なにせ、こっちは知名度はあるが政治の素人。向こうは、現場の叩き上げだから」 

 県会議員は無所属でも出馬すると息巻いたらしい。そんなことを許せば、票が割れてしまう。優太郎の当選も、危うくなる。

「だから、金で解決した。彼は出馬を見送ったよ」 

 それって、威力業務妨害ではないのか。

「まあ、政治の世界とはこんなものだ」 

 同じ党員でも、県会議員や市会議員などの地方議員は、国会議員の子分のようなものだと、立花はいった。だから、事あるごとに小遣いを与え、親分に逆らうな、と暗黙のプレッシャーをかける。 

 早くもこんな世界に来たことを真菜は後悔しはじめたが、ここには優太郎がいる。そもそも彼の秘書ができるというので、採用試験を受け、合格したのだ。 

 優太郎に、着ていたスーツを褒められたことがある。ブランド名をきっちりいい当て、知的で細身の人しか似合わないブランドだと付言した。

「杉本さんは、スタイルがよくて足も長いから、そのパンツスーツ、とてもよく似合ってるよ。ステキだ」 

 眼前にピンク色のお花畑が、パア~ッと広がった。 

 憧れの人の秘書として恥ずかしくないように、退職金をはたいて買った高級ブランドだった。優太郎はちゃんと気づいてくれた。おまけに、とてもよく似合っていると褒めてくれた! 

 確かに真菜は細身で、そこそこ足も長い。とはいえ、自分の容姿で褒められるのは、スタイルだけだと思っている。 

 顔のつくりは、お世辞にも自慢できたものではない。鏡を見るたびに、どうしてこう華やかさのかけらもないのかと、親を呪っている。学生時代のあだ名は「事務員さん」だった。 

 その自分が、ステキといわれたのだ!

「じゃあ、ぼくは後援会に顔を出してきます。今日はおそらくノーリターンになると思う」 

 外出する優太郎の袖をつかんで「いかないでえ」と甘えた声を上げたかった。そんな乙女心を知ってか知らずか、優太郎はただ一度もこちらをふり返ることなく、さっそうとSUVに乗り込んだ。 

 真菜はハ~ッとせつないため息をつき、仕事に戻った。

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