国会議員基礎テスト
第一回


第 一 章  基  礎  編

 

 問一 政治とはなにか

 

 政治とはなにか?

 国語辞典によれば「国を治める活動」とある。また「人間集団におけるルール作りと、ルールの変更や廃止をめぐって他者と共に行う営み」と池上彰は書いている。

 人が集団になれば、ルールが必要となる。とはいえ、ルール作りは容易ではない。人類が共同で何かを行えば、必ずといっていいほど意見の違いが出て来る。

 政治について、国語辞典は次のようにも書いている。

「権力を使って集団を動かしたり、権力を得たり、保ったりすることに関係ある、現象」

 なるほど。ルール作り(政治)にはやはり、権力が必要らしい。政治を生業とする政治家が、権力志向に走るのは、自然の成り行きなのだろうか。

 しかし、権力を握りたがるだけの政治家は脱落する、とドイツの著名な社会学者、マックス・ヴェーバーは述べている。

 ヴェーバーによると、政治家に必要な重要な資質は、情熱、責任感、判断力。これらにとって最大の敵は虚栄心で、権力は政治家の虚栄心をくすぐる最悪の麻薬だという。

 

 

 本屋から出て、通りを歩いていると、黒部優太郎のスマホが鳴った。秘書の橋本繁からだ。

「先生、どちらにいらっしゃいます? そろそろ委員会が始まりますよ」

 優太郎は腕時計を確認し、小さなため息をついた。

「ん。いや……ちょっと緊急の用件ができてしまってね」

「緊急の用件とは」

「後援会の人から、ちょっと頼まれごと、しちゃってさ」

「後援会の人? どなたですか」

「いや、橋本さんの知らない人だから。重要人物なんだよ。無下に断るわけにもいかないんだ。だから、遅れそうなんだよ」

 国会には十七の常任委員会がある。国会議員はいずれかの委員会に所属しなければならない。優太郎が所属している農林水産委員会が、あと三十分で始まろうとしていた。

「今日は採決はあるの?」

「いえ。ないと聞いております。ですが、だめですよ先生」

 冒頭に顔出しすると、会議中は出たり入ったりを繰り返し、議員食堂でコーヒーを飲んでは時間をつぶし、採決のある終盤に席に戻る。これがサボりぐせがついた議員の行動パターンだが、採決のない日は顔出しだけして、後はバックレるという猛者までいる。

「だったらさあ、内田くんにまたお願いできないかなあ」

「それは難しいと思います」

 内田修造は、優太郎と同じ一年生議員。自由民権党総裁大泉誠一郎の要請を受けて、衆院選に出馬、比例当選した、いわゆる大泉チルドレンだ。

 優太郎が秘書の橋本に頼んでいるのは、「委員の差し替え」である。国会には、同じ委員会に属していなくても、審議に加わりたいなら、同じ会派の誰かと一時的に交替して参加できる制度がある。

「先生、困ります。早くお戻りください」

 普段はクールな橋本の声が上ずっている。だが、そんなことを気にする優太郎ではない。

「大丈夫だよ。どうせ、採決はないんだろう。ぼく一人ぐらいいなくても、どうってことないよ。いや、内田くんに出席を頼むんだから、ぼくの代理はきちんといるってことじゃないか」

「しかしですね……」

「はっきりいって、退屈なんだよね。お座なりの質疑応答聞かされるのは。居眠りしているおじさん議員だって、いるじゃない。テレビカメラが入る時だけは、しゃきっとするけどさ。あんなモンに出席しても、時間の無駄だと思うんだよ。どうせ、ぼくみたいな新人議員の意見なんか、通らないんだから」

「………」

 さすがの橋本も、優太郎の言いぐさには言葉を失った。栃木県X区から出馬した優太郎には、地元の農協票が集まっている。農家に支えられて当選した議員が、農林水産委員会は時間の無駄といっているのである。

「じゃあ頼んだよ、橋本さん。また連絡するから」

「ちょっと待ってください、先生っ……!」

 構わずスマホを切ると、数秒も経たないうちに着信音が鳴った。友麻からだ。

「ちっともレスくれないじゃないのー、もお」

 スマホの画面に友麻のふくれっ面が映っている。

「ゴメンゴメン。ちょっと忙しくてさ」

 先ほどからLINEで何度か連絡があった。

「忙しいのは、わかってるけどさー。今日は、特別な日でしょー」

「特別な日? 何だっけ?」

 大学時代の友だちから、飲み会をやるから来ないかと誘われ、出向いたところ、待っていたのが友麻だった。

「黒部さんですねー。すごい! ホンモノだあ。お会いできる日を、ずっと楽しみにしてたんですう」

 友麻が瞳をかがやかせ、すり寄って来た。

 七歳年下の友麻は、都内のデパート勤務。背が高くてスリムだが、胸は大きい。化粧品のコマーシャルに出ているタレントといわれてもおかしくない容姿をしていた。優太郎に秋波を送ってくる女性はたくさんいるが、その中でも間違いなくトップクラスの美貌だ。

 優太郎が誘うと、友麻はわずかばかり躊躇した後、コクリと頷いた。

「特別な日でしょー。覚えてないの?」

 友麻が唇を尖らせた。その表情がまたかわいい。

「えっと、誕生日……とか、だったっけ」

「違うよー。誕生日忘れてたら、マジ、殺してるわよ。今日は、あたしたちが正式にお付き合い始めてから、ちょうど一ヶ月の記念日じゃない」

「……ああ」

「あっ、ナンだって顔してるー。一ヶ月の記念日、重要じゃないんだ。どうでもいいと思ってるんだー」

 ビデオ通話は、表情がバレてしまうため、やっかいだ。

「そんなことはないよ」

「じゃあ、夕方からお買い物、付き合ってよー。夏物のワンピ、一緒に見てほしいの。それから、夜は美味しいイタリアンを食べに行きたい」

「今日は非番なの?」

「うん明日まで休み。優ちゃんは? 国会とか、もう終わったの?」

「いや、まだ終わってないけどさ。でもまあ、出ても出なくても、同じだから。時間ならいくらでも作れるよ」

「だいじょうぶなの? 会議とかあるんでしょう。国会って名がつくくらいだから」

「平気さ。普通の会社でも会議ってあるじゃん。だけど、たいていは、ダラダラ長く続くだけで中身がないだろう。国会は、それのもっとひどいバージョンなんだよ」

「そんなにひどいの?」

「ああ。居眠りしてるやつもたくさんいるよ」

「マジさいあくー。税金もらってなにやってるのよー、あなたたち国会議員はー」

「委員会には、ぼくの後輩に代理出席を頼んだんだ」

 後輩ではなく、同じ一年生議員なのだが、内田は優太郎より四歳若い。

「だからまったく問題ない。午後はフリーだよ」

「そう? よかった。じゃあ今から、銀座の三越前で待ち合わせはどう?」

 政治家に必要な資質は「判断力」ともヴェーバーはいっている。優太郎は、国会よりデートの方が重要と判断した。

 

次記事