七月隆文さん『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』

連載回数
第146回
著者名
七月隆文さん
3行アオリ
苦しんだからこそ、あのラストシーンにたどり着けたんだろうと思います。
著者近影(写真)
nanatsukisan
イントロ

 ライトノベルで活躍後、一般文芸に進出した七月隆文さん。2014年の小説『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』がミリオンセラーを記録、映画化されるなど、社会現象になりました。新作『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』は、ご自身初の単行本小説です。切ない恋愛物語に、感動の涙が止まらないという若い読者が早くも急増しています。東京旭屋書店の北川恭子さんと大盛堂書店の山本亮さんが、七月さんに本作の執筆の裏話や、初単行本にかける意気込みなどを聞きました。

嫌なヤツや悲惨なドラマを書きたくない

七月……僕が作品を書くときは、いつも設定から入ります。『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』は、最初に「病気で外に出られない女の子」「彼女は部屋の壁に、外の風景の写真をプロジェクターで映している」「写真家の男性と出会い、外の風景を撮ってきてほしいと依頼する」などの設定が、ぱっと浮かびました。そのあと恋愛要素を入れて、話を組み立てていきました。

山本……七月さんの小説は恋愛系が多いのですが、本作は写真を通して、より男女の恋の密度を表していると感じました。なかでもレンズ越しの、ヒロイン・陽の目の描写が、とても多彩で感心しました。

七月……ありがとうございます。人間の表情がいちばん出るのは、やはり目ですし、感情が伝わりやすいのも目です。できるだけ同じ言い回しをしないよう、変化をつけることを意識しながら描写を工夫しました。

北川……私も、とても好きな小説です。出てくる登場人物がみんな魅力的で、特に陽は難しい病気を抱えているけれど、本当に一生懸命に生きています。周囲に支えられながらも自分自身で、頑張って乗り越えていこうという健気さに、うたれました。後半の、彼女と家族とのドラマは、心にググッときました。
仁の学生時代のお友だちも、素敵な若者たちでした。仁のことを本当に思っていて、悩みを一緒に考えたり、ヒントを与えてくれたり、いい距離感で見守ってくれている。そういう関係性って、いいなと思いました。読み返せば読み返すほど、人々の温かさに和む小説です。

七月……読み返していただくなんて光栄です。僕は基本的に、読んでいてストレスになるような話だったりとか、悲惨なドラマを書きたくないんです。嫌なヤツを、なるべく出さないようにしています。もちろん、汚い部分が丸出しの人間が出てくるような小説を否定しません。読む側としては大好きです。でも、僕はそっちの暖簾の作家ではないだろうと自覚しています。人間の闇や負の部分をえぐりだす小説は他の先生にお任せして、僕は自分のフィールドで書いていきたいと思っています。

山本……今作も七月さんらしさにあふれた小説です。既刊『ケーキ王子の名推理』などでも描かれていますが、ケーキを用いたエピソードが素晴らしいですね。仁の仕掛けたケーキのサプライズには、感動しました。

北川……陽にとっては手の届きそうになかったものが不意に届けられる。女子には、嬉しいサプライズでしょう。

七月……そういう小さな積み重ねで、仁と陽が惹かれあっていく過程を丁寧に描いていきました。仁が陽のことを心から大切に思っていて、何かしてあげたい、役に立ちたいという気持ちが伝わるように。サプライズなど、イケメンな行動を取らせつつ、ひたすら仁の大いなる愛によって、陽が救われていくお話にしています。
ちなみにケーキについては、取材でだいぶ詳しくなりました。美味しいケーキ屋さんを訪ね歩いたり、料理教室でケーキを実際に作ったり。本作中に出てくる『エーグルドゥース』は東京・目白に実在する有名店です。すごく美味しいので、ぜひ行ってみてください。
あと写真についても、いろいろ取材しました。写真スタジオに密着したり、専門学校の体験授業に参加して、街を散策しながら一眼レフカメラで風景写真を撮りました。僕は自分で体験したことを小説に書いていくタイプです。

濃霧のなかを行くような手探りの状態で執筆

山本……きちんとフィールドワークされて書かれているのは、随所でわかりました。

北川……中盤のクライマックスシーンの、戦場ヶ原にも行かれたのですか?

七月……はい、行きました。しかし僕が行った日は天気が悪くて……。作中では夜空に「数えきれないほどの星が広がって」と書きましたが、実はぜんぜん見えませんでした(笑)。濃霧で視界のない山のつづら折りの道をカーナビを頼りに車を走ったくだりは本当ですが、主人公と違って作者は怖くて泣きそうでした。ウソと真実を織り交ぜた形になっています。

山本……そんな裏話があったのですね。

北川……読んでいる側としては、満天の星と、戦場ヶ原の湿気を含んだ緑のいい匂いが伝わってくるような、素敵なシーンでした。

七月……そう言っていただけると安心します。取材はそういう感じでいつも通りやったのですが、今回はヒロインの陽を描くのがとても難しかったです。僕が最も苦手とするタイプのヒロインかもしれません。
まず控えめで、饒舌ではない。彼女の抱える特殊な病気の都合で、ストレスを与えるのもダメです。やっちゃいけないことでがんじがらめ。ストーリーを書き進めていくのが大変でした。セリフの語尾をわざと崩してみたり、仁との会話で「私、めんどくさいですね」「超めんどくさい」とやりとりをさせたり、彼女のキャラクターに呼吸させて、先の展開をつかんでいきました。苦労しましたが、最後に陽が、仁のある行動によって救われるあたりは、書いている僕も「そっか」と思いました。彼女は仁の大きな愛に気づき、自分のなかの揺るがないものにも気づいたんです。

北川……仁は、勇気ある行動をしましたね。

山本……陽のことを心の底から、大事なんだと思いました。

七月……たぶん陽の発作を目の当たりにしていなかったら、ああいう行動は取らなかったでしょう。彼女の病気を何とかするためには、その原因に、仁が立ち向かわないといけない。立ち向かうことで陽を苦しめるかもしれないし、彼自身、辛い経験をしたかもしれません。だけど勇気を出して行動しました。それぐらいの男じゃないと、陽は救われなかったということです。

物語全体がひとつの展覧会の構造

きらら……『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』は、陽と仁が結ばれたその後も、話が続きます。むしろその後の展開に、大きな感動が待っています。ハッピーエンドのその先の人間ドラマに挑んだ、すごい作品だと思います。

七月……嬉しいご感想です。主人公ふたりの恋愛が成就した後に、まだ話が続くというのは、書いてみたら面白いんじゃないかぐらいの気持ちでした。けれど執筆を始めると、まさに濃霧の山道を行くドライブのようでした。どこに行けばいいかわからないし、思い通り前に進めない。この話を書く覚悟ができていなかった、どれぐらい困難かわかっていなかった……と、後悔した部分もあります。でも苦しんだからこそ、チャレンジした甲斐がありますし、あのラストシーンにたどり着けたんだろうと思います。

山本……仁の撮った陽のシリーズ写真に、親友は「あとひとつ何かほしい」と注文をつけます。その「何か」が明かされた、ラストのページは感動的でした。

北川……あの「何か」は、最初から決まっていたのですか?

七月……僕の場合小説は、しっかりプロットを組み立ててから書き出します。だから「何か」は決まっていましたが……それを具体的に原稿に書き起こすのは本当にしんどい作業でした。

北川……そんなに大変だったのですね。

七月……その甲斐あって、コンセプトは表現できました。
このお話は、仁の写真展の告知から始まります。ページをめくって読み進めていくことが、そのまま写真展の順路に対応しているんですよ。展示された写真──陽と仁のストーリーを追っていき、最後に展覧会を締めくくる一枚が提示されます。『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』という作品全体が、ひとつの展覧会の建て付けになるよう意識しました。

北川……本そのものが展覧会。いい表現ですね。

山本……おっしゃる通りの物語だと思います。

自分で体験したことを小説に書く

山本……七月さんの初めての単行本になります。いままでとは違う意気込みはあったのですか?

七月……意気込みというほどではありませんが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』よりも、読者層が少し上になるだろうと想定しました。ちょっとだけ文章やセリフ回しを落ち着いたものにしています。「言われてみるとそうか」という程度の変化に留めていますが。

山本……七月さんの作品は、説明などを書きこみすぎない、いい意味での余白が魅力です。

北川……絶妙に全部を書き切っていらっしゃらない。本作もあえて間が空いているところが、多々あります。だからこそ読んでいる側は、余白の想像を楽しめます。

山本……毎作、読むのが楽しみな作家のおひとりです。

七月……ありがとうございます。特に意識していないのですが、年々執筆スピードが遅くなるなど、作家として変わってきた部分はいくつかあります。机の前に座っていられる時間が短くなり、1冊をひと月で書いていたデビュー直後と比べれば、体力は確実に落ちているでしょう。
でも若い頃は、売れるものと売れないものの差が、全然わからないで書いていました。難しい設定をエンタメとして組み上げる技術もなかったです。あの頃だったら、きっと『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』は書けませんでした。そういう意味では、これまでの経験で得たものが詰まった作品になったと思います。

(構成/浅野智哉)

著者サイン画像
nanatsukisan
七月隆文(ななつき・たかふみ)
著者プロフィール

大阪府生まれ。『Astral』でデビュー。ライトノベル作品を多数発表。青春恋愛小説『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』がミリオンセラーとなり、話題を集める。その他の著書に『君にさよならを言わない』『ケーキ王子の名推理』『天使は奇跡を希う』ほか。

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