三津田信三さん『わざと忌み家を建てて棲む』

連載回数
第140回

著者名
三津田信三さん

3行アオリ
「正しい推理さえすれば、自分は真相に辿り着けるかもしれない」
という夢を読者に感じてもらえること。
それが僕の夢ですね。

著者近影(写真)
三津田信三

イントロ

ホラーとミステリを融合させた独特の作風で、オカルトファンはもちろん、幅広い読者から支持される三津田信三さんが最新作『わざと忌み家を建てて棲む』を発表しました。ある意図で建てられた、不気味な構造の家での怪異を描く、ホラーの定番“家もの”の出色の作品です。「本当に怖かった」と口を揃える、ときわ書房本店宇田川拓也さんと丸善ラゾーナ川崎店山田佳世子さんが、本作の魅力について三津田さんに迫りました。

先に決まったタイトルから着想を得た物語

宇田川……最新作の『わざと忌み家を建てて棲む』を読ませていただきました。本当に怖くて、面白かったです。

山田……私も、怖かったです。三津田さんの小説のなかでは、怖さは一番でした。

三津田……ありがとうございます。書いている方は恐怖心がマヒしているので、読者の方にちゃんと怖いと言ってもらえると、とても安心します。

きらら……本作は、5つの幽霊屋敷の怪談を描いた『どこの家にも怖いものはいる』の続編という位置づけになっています。前作の段階から、今回の物語を構想されていたのですか?

三津田……いえ、実は考えていませんでした。でも前作がそれなりに売れて、いろんなところで評価していただき、次作の打ち合わせの際に、せっかくなので似た作品にしようと決めました。このとき漠然とですが、3部作にしようと思ったのかもしれません。

宇田川……続編の内容は、すぐに決まったんですか?

三津田……最初は何のアイデアもなくて。前作が『どこの家にも怖いものはいる』でしたから、これを踏襲するようなタイトルを、まず考えることにしました。よってテーマも自然に、幽霊屋敷モノになったわけです。
 ただ、僕は過去に幽霊屋敷モノを長編でも短篇でも、けっこう書いています。それに先人たちの名作も、もちろん多くあります。新しく書くのであれば、従来の作品とはまったく違うものにしたい。そう強く思いました。
 幽霊屋敷モノの基本パターンは、舞台となる家で過去に悲惨な事件が起きて、その因縁が後に怪異を引き起こす……というものが多い。あとはお馴染みの設定の中で、どれほど新しいお話を展開できるかですね。しかし僕は、できればこのパターンから逸脱したものを書きたかった。これまでの『禍家』や『凶宅』も、今年の12月に刊行される『魔邸』も、すべて基本パターンから脱しています。
 そういう経緯があって、先にタイトルを考えた結果、『わざと忌み家を建てて棲む』という題名が、ぱっと浮かびました。と同時に「事件のあった家を人為的に集めて、ひとつの巨大な幽霊屋敷を造る」という設定も、自然に決まったわけです。僕の知る限り、古今東西こんな幽霊屋敷はないと思います。
 とはいえ前作にも登場した拙作の愛読者の編集者、三間坂くんの実家の蔵から、それに該当するようなネタが見つからないと、そもそも本書は書けなかったわけですが(笑)。 
 

細かい設定は考えたけれどあえて書かない

きらら……本作は、いわくつきの屋敷・烏合邸が舞台です。「黒」「白」「赤」「青」の4つの家での怪異に、作家・三津田氏が迫るという構成になっています。

三津田……面白いのは、読む人によって怖い家が違うことです。僕の聞いている限りでは、「黒」が一番怖いらしいです。

宇田川……あー、「黒」は嫌ですね。絶対、泊まりに行きたくない。

山田……私も嫌です。消去法で、まあまあ逃げやすそうなのは「白」でしょうか。でも基本、どこの家にも泊まりたくないです。

三津田……泊まるかどうかは別にして、個人的には「赤」が気に入っています。「赤」は全編、家に潜入した女子大生の語りを録音した、テープ起こしで記録されています。こういった構成は、他の小説ではあまり見られません。何が起きているのかよくわからないので、かなり怖いのではないかと。

宇田川……「赤」の臨場感は、すごかったです。

山田……本当に生々しく感じました。

宇田川……「みし、みしっ」と何かが近づいてくる、音の描写は秀逸でした。怖さの情景の再現力が、他の作家さんとは全然、違います。その音の背景が説明されないので、よけいに怖い。

三津田……烏合邸全体を通して、事件の全容など詳しい背景は、あえて描いていません。でも僕のなかでは、実は細かく設定しています。『厭魅の如き憑くもの』を書いたときも、村を一から作りました。実際には書かなくても、しっかりと設定が裏づけされていると、物語にリアリティが出ます。ぜんぶ描かずとも、読者の側で想像を膨らませて、世界観を作ってくれるからでしょう。烏合邸の個々の物件で過去に何が起きたのか、施主の目的は何だったのか、全部は書かずに、謎のまま放置している部分があります。こういった、いい具合に放りっぱなしの感じが、恐怖を高めるためには必要だと考えています。
 

小説のなかの恐怖が読者にも降りかかる

山田……私はホラー小説が好きで、お風呂で読んだりもしますが、この“家”シリーズは、ひとりきりの場所では読めませんでした。読んでいる間ずっと、後ろの物音とか気になっちゃって。前作のときは、家にいるのが怖くて、途中から賑やかなカフェに移動して読みました。親に「そうまでして読まなくていいんじゃないの?」と呆れられましたけど、面白いから、読むのは止められないんです。

三津田……ひとりで読めないという読者は、多いみたいです。山田さんのように本を外に持って出て、「人の多い場所で読む」とか「通勤電車で読む」方が、結構いらっしゃいます。

宇田川……三津田さんの小説の怖さは独特です。読み進めていくうちに、フィクションとリアルとの境界線が薄れてきます。人ごとだと思っていた話が、いつの間にか自分も当事者になっているというか、危険なエリアに知らない間に立ち入ったような錯覚を覚えます。小説の読者には、一番怖い体験でしょう。
 三津田さんの小説『怪談のテープ起こし』に通じますが、今作の設定は、全体的に実験ぽいです。登場人物たちが遭遇している、いくつもの実験に、僕たち読者も巻きこまれているのじゃないか? と。実験を仕掛けている三津田さんの、にやにやしてる顔が浮かぶようでした。読者が実験体のひとつにされる。そんな三津田さんの意地悪な試みを、想像してしまいます。

三津田……ありがとうございます。僕自身、読者に恐怖が降りかかるような小説が書きたくて、メタ的な手法を工夫してきました。でも、なかなか難しいものがあります。僕自身が読み手のとき、自分に恐怖が降りかかるほどの怖い小説には、残念ながら出合えていません。宇田川さんに「小説に巻きこまれた」と言っていただけるのは、本当に嬉しい。やっと少しは、成功したのかなと思います。

宇田川……ラストのページをめくった後の「追記」が、とどめの一撃でした。

山田……あれは、怖かったですよね! 思わず声が出ました。

三津田……「追記」は事実です。創作ではありません。もし故意に読者を怖がらせるつもりなら、ああいう地味なものではなく、もっと派手な仕掛けを考えたでしょう。

宇田川……地味だからこそ、じわっと深く、怖さが残ります。

山田……読んじゃいけないものを読んだような、嫌な一撃でした。

宇田川……物語はひとまず終わったけれど、実は終わっていなくて、忌まわしい残滓というか、何か振り払えないものに憑かれてしまった感触が本を閉じた後にも続きます。ホラーファンには、たまらない体験です。

三津田……最高に励まされる、お褒めの言葉です。 
 

これまでの本格ミステリへのアンチテーゼ

きらら……本作に登場する三津田氏は、烏合邸の謎を解きたいと思っているのでしょうか?

三津田……いえ。謎解きはどうでもよくて、三津田信三が怖い話を楽しめればいい、というスタンスでしょうか。本当は編集者の三間坂と、延々と怖い話をしているだけでもいいんですが、それだと小説にならない(笑)。
 ちょっと話はずれますが、僕は以前から、登場人物たちがディスカッションをしない本格ミステリに対して、いつも不満を覚えていました。あらゆる推理をし尽くして、最後に真の解決が現れるのが、論理性を重んじる本格ミステリだと考えているからです。
 それがホラーを書いているときにも、どうやら出てしまうようで。書いていて気がつくと、登場人物たちが謎解きめいた会話をしていることが、多々あります。もっともホラーですから、本格ミステリのように合理的な解決を見るわけではありません。でも、だからこそ基本の設定を作り込んでおく必要があるのです。「正しい推理さえすれば、自分は真相に辿り着けるかもしれない」という夢を(悪夢かもしれませんが)読者に感じてもらえること。それが僕の夢ですね。
 すべての推理が徒労に終わるけど、なぜか不満は覚えない……そんなホラーミステリを書きたいです。

山田……『わざと忌み家を建てて棲む』がすごいのは、これだけ分厚い文量ですが、面白くて、最後まで引きこまれて読み通せてしまうところです。

宇田川……この続きが、本当に気になります。第3部は、もう書き始められているんですか?

三津田……書きはじめるのは先ですが、先にタイトルだけ考えてあります。『そこに無い家に呼ばれる』です。

宇田川……おお、いいですね!

山田……タイトルだけで、読みたくなります!

宇田川……作家・三津田氏が呼ばれているようなイメージを感じます。

三津田……実は、タイトルと物語の設定は、3部作を通して、ある法則に則って変化させています。型から入るのは、ホラーの雰囲気づくりに効果的です。何か意味ありげで、怖そうじゃないですか。

宇田川……三津田さんは、複数の小説を通した仕掛けで、読者を得体の知れない何かに取りこんでいこうとされているのでは? と深読みしています。『わざと忌み家を建てて棲む』も、壮大な実験のひとつなのかもしれません。

三津田……他の作品と要所要所でリンクしているため、深読みされる部分があるのでしょう。実際に壮大な実験をしているのか、真相は読者の想像にお任せしますけど。

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サイン

三津田信三(みつだ・しんぞう)
著者プロフィール

奈良県生まれ。編集者を経て2001年『ホラー作家の棲む家』でデビュー。『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞を受賞。主な作品に『厭魅の如き憑くもの』に始まる「刀城言耶」シリーズ、『十三の呪』にはじまる「死相学探偵」シリーズ、2016年に映画化された『のぞきめ』、『黒面の狐』『どこの家にも怖いものはいる』などがある。

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