連載回数
第139回
著者名
海猫沢めろんさん
3行アオリ
僕にとっては意外な作品かもしれない。
けれど世界に対する憎悪や善悪観は昔と変わらず、
むしろ膨らませて、いい小説が書けたと思っています。
著者近影(写真)
海猫沢めろん先生
イントロ

純文学作家、デザイナー、ボードゲームクリエイターなど、多岐にわたる分野で異才を放っている海猫沢めろんさん。新宿のカリスマホストが赤ちゃんをITで育てる小説『キッズファイヤー・ドットコム』が、新時代のイクメン小説として話題になっています。自身も育児中だという海猫沢さんに、うさぎやTSUTAYA矢板店山田恵理子さんとジュンク堂書店藤沢店鈴木かがりさんが、女性の立場から子育て論や、社会論など幅広いお話を聞きました。

インタビュー本文

世間が押しつける子育ての常識に抗いたい

 

きらら……『キッズファイヤー・ドットコム』は、海猫沢さんの実体験が読み取れる育児小説です。もともと書かれる予定だったのですか?

海猫沢……いえ、まったく書くつもりはありませんでした。結婚して子どもが生まれると、編集者の方から、育児を題材に書きませんか? みたいな依頼が来るわけです。僕は子育てエピソードなんかを書いて「丸くなったね」とか言われるのがすごく嫌で、初めは断っていました。

鈴木……作家の方は、そういうこだわりがあるんですね。

海猫沢……子育てしている作家には、少なからずあるでしょうね。それにしても子育ては、本当に大変です。世の中にノーマライズされるというか、子育てはこうしなくちゃいけない、という同調圧力がすごい。とにかく世間の常識に沿った、当たり前の育児を求められます。そんなことしたら子どもが可哀そう! とか、普通に言われます。圧力を受けるうちに人柄が丸くなっちゃうんでしょうけど、僕としては絶対に抗いたい気持ちがある。周りが言っている常識に、ずっと苛ついていますし、お前たちの常識なんて簡単に論破できる! こっちの方が正気だ! という怒りが、ずっと溜まっています。その怒りとか憎悪を、今作にぶつけました。とにかく自分はあまのじゃくなんです。

山田……子育てについて、ポジティブなメッセージとかは……。

海猫沢……(即答)ないです。申し訳ないですが、これっぽっちもない。

鈴木……それはそれで清々しいですね。

海猫沢……逆に、本編を読まれてみてどうでした? 女性の意見を聞いてみたい。

鈴木……すごく読みやすくて、私は面白かったです。特にカリスマホスト・白鳥神威の、お店への出勤までの冒頭シーンが気に入ってます。神威は水商売のプロなんだけど、素直で真っすぐな性格の青年。人間としてのもともとの魅力に、惹かれました。設定的に、こんな子育てしてもいいのかなと思わないでもないですが、神威がやるのは何だか納得できました。

海猫沢……こんな子育てって、育児のクラウドファンディングでお金を集めることですか?

鈴木……はい。現実的には、やっぱり違和感はあるのかなと。女性がみんな同じではないと思いますが、批判的な意見は出てくる気がします。

海猫沢……なるほど。子育て経験者と、未経験者でも、また意見が違いそうですね。

  

世の中の善悪はいとも簡単にひっくり返る

  

山田……私は子育てしている側ですが、鈴木さんと同じように、面白く読みました。最初のページから引きこまれて、一気に最後まで読みました。物語の吸引力がすごい。海猫沢さんの筆力に圧倒されました。 

海猫沢……ありがとうございます。 

山田……この小説は、育児中でもそうでなくても読んだ人の心のなかに、革命が起きる作品だと思いました。賛否両論があるかもしれない部分も含めて、社会巻きこみ型の小説です。

海猫沢……そう言っていただけると嬉しいです。

山田……私は神威やホストたちの奮闘する姿から、たしかな愛を感じました。投資を募ることによって、まず経済的に安定した育児を目指していますが、基本的には子どもの意思を優先するなど、真っ当に育てようとしています。出てくるホストが、みんな優しい。彼らの人としての善の部分が、素敵だなと思いました。 

海猫沢……ホストって、本当にいい人たちなんです。でも、やっている仕事は、けっこう悪いこと。夜ごと高いお金を、女の人に払わせています。でも女の人は楽しんでいるという。エクスキューズの入りまじった、善悪どちらも持ち合わせた仕事をしています。

 僕は以前から、正義が悪になる、またはその逆の構造が気になっています。例えばクリストファー・ノーランの『ダークナイト』という映画は、正義であったはずのバットマンの存在自体が最後には社会から悪なのではないかと糾弾されてしまう。だけどその逆もありえるはずです。悪いはずの思想やシステムが、社会貢献をし始めると、世の人々は糾弾できないし、困惑します。そのように、いとも簡単に善悪がひっくり返るのが、社会の本質です。

 悪者扱いされるホストが合法的に、ITを活用した育児システムをつくり、子育てに困っている親たちを救う善の側に立つ。今回の小説の設定は、僕の善悪観がベースになっています。

鈴木……『ダークナイト』ですか。わかるような気がします

山田……私は本作の6年後の『キャッチャー・イン・ザ・トゥルース』を読んで、スピルバーグ監督の『A.I.』を思い出しました。

海猫沢……ほお。どういうところが? 

山田……未来の世界で、最期まで母親に愛されることを願った『A.I.』の少年型ロボットの姿が、神威の育てた子どもに重なりました。どうしても母親の視線で読んでしまうので、何かを強く求めている、子どもの孤独な様子は、すごく切なかったです。

海猫沢……興味深いご意見です。スピルバーグのフィルモグラフィーを見ると、彼自身の人生と、作品の描き方が完全にリンクしています。僕も創作するものが人生の展開と重なってしまうんです。まさか自分が育児小説を書くようになるとは、想像もしませんでした。僕にとっては意外な作品かもしれない。けれど世界に対する憎悪や善悪観は昔と変わらず、むしろ膨らませて、いい小説が書けたと思っています。

 

無名の人も救いが得られる評価経済のシステム

 

きらら……表題作の続編『キャッチャー・イン・ザ・トゥルース』は、神威の息子・KJが主人公になっています。巨額の投資で育てられた彼の厭世的な言動に、深く考えさせられます。 

海猫沢……続編の方は、神威のその後よりも、やはり彼の息子がどのように育ったかを書くべきだと思いました。イメージとしてはスティーヴン・ミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』の世界観に、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を混ぜています。また小学生記者の真は、「別府新聞」を発行していた14歳の別府倫太郎くんがモデルになっています。いろんな要素を掛け合わせつつ、KJの生きている未来社会の実相に迫ろうとしました。執筆中は特に意識しているわけではありませんでしたが、ドローンによる監視強化や、ITの進化による評価経済社会への移行など、期せずして現代の潮流と呼応する話になりました。 

鈴木……たしかにいまのネット社会では、急速に評価経済へ移りつつあると感じます。 

山田……個人株の取引サービス「VALU」なども、その流れのひとつですね。

海猫沢……「VALU」などネット上の新しいサービスが出てきたように、世の中は個人の価値や信用度で経済が回っていく、評価経済へスライドしています。これはIT革命以降の、必然の流れです。しかし評価経済は結局のところ、人気者が得をする設計になっています。だったらテレビに出ればいい、何でもいいから有名人になればいい、ということになる。これは理想的とはいえません。僕は評価経済への移行は認めつつも、病気などで引きこもっている人とか、協力者のいない環境で育児に励む貧しい親など、無名の人々が、もっと普通に、経済的な助けを得られる社会であるべきだと考えています。

 無名でも価値が認められている、最大の存在は子どもです。『キッズファイヤー・ドットコム』では育児を通して、貧富の差にかかわらず、すべての人が豊かに生きられる、社会の新たな設計とはこういうものではないかという提示をしたつもりです。クラウドファンディング《KIDS-FIRE.COM》が、そう遠くないうち、現実に立ち上げられる可能性はあると思います。

  

愛なしで子どもを育てられたら愛より素晴らしい

 

鈴木……もし私が将来、子どもを産むとき《KIDS-FIRE.COM》があったら、使ってみたいです。夫とふたりで育てるより、いろんな人が関わってくれるなら、心身ともに負担も減るし、育児が楽しいかなと思います。 

海猫沢……きっとそうですよ。どのぐらいの金額を上限に設定しますか? 

鈴木……うーん、10万円ぐらい。 

海猫沢……リアルな額ですね。でも、ちゃんとした見返りがあれば10万円ぐらい出して、子育てに参加したい人は、結構いるでしょう。

山田……私も出産した頃に《KIDS-FIRE.COM》があったら、利用したかもしれません。とにかく子育ては、人手が必要なんです。

海猫沢……めちゃくちゃわかりますね。 

山田……当時は車の免許がなかったので、実家に預けることもできず、いろいろ困りました。近所の方々の助けで、どうにかなった感じです。知らない人でもいいから助けてほしい気持ちは、育児を経験している親なら誰でもあります。

海猫沢……本当ですよね。母性愛とか父性愛とか、そんなレベルではなく、子育てはシビアに、現実的にやっていくしかない。

 小説のなかの「愛なしで子どもを育てることができたら、それは世間でいう薄っぺらな愛情より素晴らしいものになる」というセリフは、僕の本心に近いです。世間では、子育てで大事なのは親の愛だとか、辛かった育児は振り返ればいい思い出になるといわれます。でも、本当かどうか疑わしい。ポジティブな愛の記憶に書き換えて、子孫を残す仕事を続けていく、ただの本能的な機能じゃないかと思っています。

 これまで人類は理性で、本能を制御して歴史を築いてきました。なのに子育ての場面は、理性よりも本能から生じる親の愛の方が、大事だとされている。常識にもなっています。僕としては矛盾を感じざるをえない。そこの本能も克服して、自分の意志で子育てしようよ! という問いかけを、今回の小説には込めています。

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サイン
著者名(読みがな付き)
海猫沢めろん(うみねこざわ・めろん)
著者プロフィール

1975年大阪府生まれ。2004年『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。2011年『愛についての感じ』が第33回野間文芸新人賞候補に。著書に『零式』『全滅脳フューチャー!!!』『ニコニコ時給800円』『夏の方舟』ほか。『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』『死にたくないんですけど iPS細胞は死を克服できるのか』(対談集)』など、評論家・ルポライターとしても活躍。